【出来事】夏の日

たらこをほぐして醤油を一回しかけて、ゆず一欠片とスーパーなんかで売ってるシソ梅干しをちょっと入れて茹でた麺に絡むようぐるぐる回すと

「これ丸の内なら1,200円で売れる」

と思う程美味いパスタが出来上がる。

 

それを食べながら友達の家で好きなものを見て好きな様に語り笑って眠くなったら寝て起きたら日曜の11:30だった。

 

5度寝位したせいか、ひどく長い2本立ての夢を見た。

 

私は寝て見た夢の中の感情が起きても残る厄介なタイプなので、しばらく友達の布団にくるまりその余韻に浸っていた。

 

そのままもったりとした頭で出町ふたばのわらび餅を食べながら窓を見ると、抜ける様な青空でなんだか笑ってしまった。

 

昨日友人と行った神社でびしょ濡れになりながら絵馬に書いた「雨との縁を切りたい」という願いが早速成就したらしい。

 

中学の頃からの気の置けない友人が大阪配属になってからも、週末を使ってこうして会いに行き、心地よい気だるさの中布団に横になりなんてことのない事で笑い合えるのは本当に幸運な事だと思う。

 

塩分過多パスタのせいで浮腫んだ指でスマホを開くと13:00。

 

“どこかで凛、と平成最後の最高の夏が始まる音がした”

そんな小説の一節を思い出す昼下がり。

 

 

 

 

全ての物事は始まった瞬間から終わりに向かって進み出す。私にとってそれは救いであり悲しみでもあった。

 

小学生の頃には既にこの感覚に苛まれており、大好きな土日が終わる予感を金曜日のドラえもんで感じる様な、可愛くない子供だった。

 

大好きな時間が終わりに近くと、心の位置は胸にあるのだと再認識するくらい、胸がポッカリ穴が空いたようにすーすーと寂しくなる。

 

 

 

帰り道で友人に、どれだけ楽しかったか、そして名残惜しいかという気持ちを伝えるのがどうにも恥ずかしく、モゴモゴとまとまらない言葉を溢した後、それじゃあと言って改札をくぐる。

 

見送られた後の高槻の電車で見上げた空は青く高く秋のそれに似ていた。

 

夏の直前の空はこんな風なのか。

 

 

・・・

 

 

私は少し前まで、王子と結婚すれば幸せになれると意地悪な魔女に騙されて呪いをかけられていた。

 

私と同じ瞳をした魔女。

 

けれど来ぬ人を待つというのは結構残酷な時間で、疲れ果てた私はついに先週、同期の友達との飲み会の帰りに一人日比谷公園にしゃがみ込み途方にくれてしまった。

 

そこで街頭の灯りと走り去っていく車のライトに当てられた瞬間、不意に全ての呪いが解け色々な事を思い出していった。

 

「そっか、そうだったのか。」

 

 

・・・

 

 

初めて使った新幹線のネット予約サービスに手間取り、新幹線に滑り込む様にして乗り込んだせいで髪が一束ドアに挟まった。まさに間一髪である。

 

指定席窓側A席に座り、もう一度空を見る。

 

旧友と、自由に遊び笑い語る事の楽しさよ。私はまだ、もう少しこの楽しさに浸っていたい。

 

平成7年生まれのゆとり少女は、自力で稼ぎ好きな事をする自由の楽しさを知る女になったわけだ。

 

誰かに選ばれるのも、誰かを選ぶにも、私にはまだ若すぎる。

23年生きてきた事なんて関係ない。今の私にはまだ早すぎる。

 

 

 

 

そういえば今年の10月はハワイに行く。

あそこの空は今日の空の青より青いだろう。

 

 

私はまだまだもっと迷いたい。