ヴェルタースオリジナルジジイ

 

 

 

私の上司はヴェルダースオリジナルのジジイに似ている。

 

https://youtu.be/s7a4m-Llx7c

※CMを知らない人とか、忘れた人は見てみて

 

f:id:nanami12392985:20211129201842j:image

f:id:nanami12392985:20211129000401j:image


このヴェルタースオリジナルのジジイに似た上司は、私の業界にしてはかなり珍しく温和で人権派の稀有な人柄なのである。

 

 

 

 

 

 

 

......話は変わるが今年の冬頃、うちの会社のポンプ室的な小部屋(詳細はよくわからない)が壊れ廊下が水浸しになるという事件があった。

 


『直すには時間と大規模工事が必要となる。しばらくは応急措置で凌ぐため、近くを通る際は気を付けるように。』

との連絡メールが総務部から来て私の心は沸き立った。

 


災害等で実害がある場合は別だが、日常が水に沈むのってちょっとロマンがない?あるよね?

 


突然出来た期間限定デカ水溜りにワクワクを抑えられず、私は昼休憩の度に用もないのに浸水している部屋をウロウロしていた。


はじめは

「修理が中々進まずご迷惑おかけしてます。」

と丁寧に声をかけてくれていた修理のおいちゃんも次第に

 


「いつもすんません。」


「お、今日も来たんですか?」


「来ると思ってたよ。」

 


となっていき最後は


「暇なの?」


と言われてしまった。

無礼〜〜〜

 

 


そんなこんなでちょっと無礼で温水洋一に似た修理のおいちゃんこと吉田さんと仲良くなった。

 

f:id:nanami12392985:20211129010910j:image


吉田さん曰くコロナの関係で修理に必要な部品が足りず、海外から届くまで1ヶ月はかかるらしい。


吉田さんは毎日水をポンプで汲み出し、壊れた箇所を専用のテープで塞いでくれるが、半日経つと部屋の一角、畳4畳程の一段深くなっているスペースに足が浸るほど水が溜まってしまう。

 


浅く、水が、ほぼ常に溜まる。

 


 

 

 


 

 

 

 


そうだ、漏水を利用して

水耕栽培をしよう。

 

 


水耕栽培とは〜

(すいこうさいばい、英語: hydroponics)とは、溶液栽培のうち固形培地を必要としないもののことをいう。水耕(法)、水栽培などとも呼ばれる。農業では多くの栽培に利用され、従来は不可能といわれていた根菜類の栽培も可能となっている。

 

 

 


会社で何かを育てる事にずっと憧れていた。


かつてデスクでミニ盆栽を育てていたが、周囲からは『半沢直樹ヴィラン』と言われ、先端恐怖症の先輩からは『松が刺さりそう』と持ち帰りを命じられ、泣く泣く撤収した事があった。

f:id:nanami12392985:20211128235350j:image


一瞬、溜まった水でメダカなどの小魚を育てる案も浮かんだが「動物はバレた時シャレにならないよ」と吉田さんに言われたため、水耕栽培でレタスを育てる事に決めた。

 


吉田さんは「レタスもやめなよ」とも言っていた。

 


なんだか心配になり、念のため社則を確認したが水耕栽培を禁止する文言は記載なかった。

無いって事は、現状ダメではないし、何かを欺いたり破る事にはならない。ほぼほぼオーケーということである。

 

万が一レタスが明るみになり事態を詰問される事があった時は私を売って構わないと、不安がる吉田さんに何度も伝えて説得をした。

 


「そんなに、どうして......」

f:id:nanami12392985:20211129010559j:image


最後には熱意が通じて吉田さんにもわかってもらう事ができた。

 

 

 


水耕栽培のセットは、Amazonで買える。


そういえば会社でプラネタリウムをした時も装置はAmazonで購入した。

最近はヨドバシ.comが流行りだが、あそこでは水耕栽培のセットは売っていない。いつだって私を支えてくれるのは結局Amazonなのだ。

 

 

ありがとうAmazon

これからもよろしくAmazon

 

 

水耕栽培セットは翌日に届いた。


届いてビックリ。1個分1セット買ったつもりが5個入り1セットを買っていたのだ。

説明文に記載はなく、商品画像の箱をよくよく見ると小さい文字でその旨の記載があった。

 

 

Amazonクンって、ちょっとそういうところあるよね(笑)

 


デカい段ボールが5個も家に届いた事で母は「何これ」「どこに置くの」「何する気なの」と憤慨し、父は「アヘン王にでもなるのか」と私を訝しんだ。

大丈夫、大麻は育てないから。レタスだから......

 

割と大きいセットな上に数もあったので3回に分けて朝早くの空いてる電車に乗り会社へと運んだ。


昼休憩を使い、漏水する部屋でスーツとストッキングを濡らしながらセットを組み立てる私を見ながら吉田さんはしきりに「どうして......」とボヤいていた。

 

f:id:nanami12392985:20211129010624j:image


そんな吉田さんの心配をよそにレタスはすくすくと育った。

 


水耕栽培をはじめた当初は、レタスが育つより先に部品が届き工事がはじまるのではと吉田さんと二人で危惧していたが、部品は中々届かずレタスは想像を超えるスピードで育ち、2週間でサマになり、20日経った頃には小ぶりではあるものの綺麗で美味しそうなレタスになっていた。

 

f:id:nanami12392985:20211129000156j:image

※イメージ


吉田さんは毎日小部屋に来ては「“風の谷のナウシカ”に出てくる地下室みたい......」と呟きながら水を汲み出していた。

 

f:id:nanami12392985:20211129000308j:image


日ごと大きくなるレタスは私に普段のデスクワークでは得ることの出来ない喜びを与えてくれた。

 

やはり人間は一次産業の尊さを忘れてはいけないとだという事をしみじみ感じつつ、毎日せっせと昼休憩のたびにスポンジに栄養剤を染み込ませ、LEDライトを当て、大事だいじにレタスを育てていた。

 


『豊作だし、もうそろそろ収穫を始めないと持ち帰るのが厳しくなるなぁ』などと思っていたある朝のことだった。


冒頭紹介したヴェルタースオリジナルのジジイに似た上司が廊下で仁王立ちしながら私のレタスを抱えていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

f:id:nanami12392985:20211129000701j:image

どうして......

 

 

 


みんな、知ってる?

人はこっそり育ててた野菜の存在がバレた時、フレーメン反応のような顔になるんだよ。知らなかったでしょ。また一つ賢くなったね。

 


ヴェルタースオリジナルのジジイ似の上司は眉間にシワを寄せ、レタスで塞がった両手の代わりに肩で応接室に入るよう促した。

 


「黒田くん、入りなさい。」

 


言われた通りに応接室に入ると、上司は抱えていたレタスを机にピラミッド状に詰み、ぴったりとドアを閉めブラインドを下げた。

 


「これは、なんだね黒田くん。」

 


人がわかりきった質問をする時は大抵怒っている時である。

 

しかし私は一抹の可能性に賭けた。

 


「.......これは、レタスです。」

 


野菜に疎い上司が純粋に「What is this ?」として聞いてきた可能性に希望を託し「This is lettuce.」と答えたのだ。

 

f:id:nanami12392985:20211129000401j:image

f:id:nanami12392985:20211129000844j:image

「ふざけるのはやめたまえ。」

 

 

 

 

 

 

はずしたみたい〜〜〜

 

久々に大人にマジで嗜められてしまい流石の私も背筋が凍った。

うちの職場は本当に真面目で厳格、遊び心なんて一欠片もないので、ヘタすると処分が下る事もあり得る。

 


「申し訳ありません。昼休憩を使い、水耕栽培に取り組んでおりました。」

 


レタスの小山を前に深々と頭を下げる。ただでさえ入社以来色々あったのだ。これ以上人事から目をつけられるのは避けたい。

 

そもそも水耕栽培が原因でチョンボがつくなんで、人事ファイル史上一番意味不明だろ。

 


「修理業者から、君が勝手にレタスを育てはじめたと聞いたよ」

 

 

 


......よかった。

吉田さんはちゃんと私を売ったんだね......

それでいい、それでいいんだ......

 

ごめんね吉田さん。

ありがとう吉田さん。

さようなら吉田さん。

 


仲間を慮る囚われのスパイの様な感情が胸にじんわりと広がる。

 


「なぜレタスを育てた?」

 


「......水耕栽培で野菜を育てるのならレタスが向いていると学んだので。」

 


「学んだのか?」

 


「はい。独学ではありますが一応。」

 


「なぜ水耕栽培栽培だったんだ?」

 


「長期間水浸しになったポンプ室を利用したいと思いまして。」

 


「育ててどうするつもりだったのだ?」

f:id:nanami12392985:20211129000951j:image

 

 

 

 

 

 


この人質問好きだな。

 

アキネーターなの?

 

アキネーターヴェルタースオリジナルジジイ、育てたら食べるに決まってるだろバーロー。

 


「食べるためですが?」

 


咄嗟にレスバで顔真っ赤のオタクの返しみたいな最悪の返答をしてしまった。

人間、余計なことを考えてると言わなくて良い事をめちゃくちゃ無礼な言い方で言ってしまったりするね。

 


「ここは農家でも食品メーカーでもない。業務に関係の無い事を無断でやるんじゃない。」

 


いい歳して正論の剣で上司に斬りつけられるOLの気持ち、みんなわかる?コレが死、ココが地獄。自業地獄。

 


「申し訳ありませんでした......」

 


「君の発想力や行動力は卓越している。ある種天賦の才なのだろう。」

 


「はぁ.......恐縮です。」

 


「でもレタスを作るのは違う。わかるね?」

f:id:nanami12392985:20211129001031j:image


 

 

 

 

 

ぐうの音もでねぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 


なんも言えねぇよ。

こんなしっかり正論叩きつけられたらもうなんも言えねぇもう北島康介より黙っちゃうまっていま令和だよねこのネタわかる人いる?ちゃんとついてきてる?

 


「このレタスは僕が廃棄しておくので黒田くんは本件を報告書にまとめて僕に提出すること。それで今回は不問とします。」

 


「寛大な措置、心より感謝申し上げます。」

 


一介のOLが言うセリフじゃねぇのよなぁと思いつつ再度頭を深々と下げる。

 


「......不躾であること重々承知した上でひとつ、宜しいでしょうか?」

 


「ん?なんだね。」

 


「そのレタス、持って帰ってはダメでしょうか?」

 


丹精込めて作った大切な野菜が破棄されるというのは、どうにもやり切れない悲しい気持ちになる。


人道的で心優しいこの上司になら、この気持ちをわかってもらえるのではないかと思ったのだ。

 

 

 

 

 

f:id:nanami12392985:20211129001031j:image
「大概にしたまえ。」

 

 

 

 

 

 

ダメかーーーーーーーーーーーーーーー


こうして私のはじめての水耕栽培は苦い思い出として終わった

 

 

のだと、この時は思っていた。


次の日、レタスへの喪失感を抱えながらぼんやりパソコンの画面を眺めていると、件の上司がデスクにやってきた。


「え、なんですか?」


私という人間は根性がゴミカスなので、猛省のフェーズは一瞬で終わり、この時点では反省の気持ちよりレタスを失った無力感の方が勝っていた。


「黒田くん」


「あの、まだ報告書は出来てませんが.....」

 

 


「あのレタスね

 

f:id:nanami12392985:20211129001249j:image


美味しかったよ。」

 

 

 

 

 

 

 

f:id:nanami12392985:20211129001355j:image

なんで食べたの......

 


破棄する事は応諾したけどさ、食べて良いなんて言ってないじゃん......

 

「実は僕も園芸が趣味でね、棄てるのは忍びなく、味も気になってね。」

 

 

 

 


ずるい。

 

 

 

ずるい!!!!!!!!!

 

 

 

私が!!!!!手塩にかけ!!!!!育てた!!!!!レタスを!!!!!!!!!!!

 

 

 

よくも!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

・・・・・・

 

『私の上司がくれた初めての野菜、それは水耕栽培で作られたレタスで私は入社4年目でした 。
その味は甘くて新鮮で、こんな素晴らしいレタスを貰える私は きっと特別な存在なのだと感じました。
今では私が上司、部下が作るのはもちろん水耕栽培のレタス 。

 

 
なぜなら、彼女もまた、特別な存在だからです。』

 

 


その後上司が腹痛と発熱で会社を3日休んだり、休み明けのヴェルジィに水耕栽培のノウハウをまとめた報告書を提出したら『そういうことじゃない』と再度呼び出し食らったのはまた別のお話。