ザリガニと窃盗の話

友達から

「黒田が体験した出来事をもっと読みたい」

というありがたい言葉をもらったので、少し書き出してみようと思う。

 

 


社会人2年目のある日、あまりに暇だったので近所をぶらぶら自転車で徘徊していたところ、普段はあまり通らない道で用水路を見つけた。

何気なく自転車を停めて覗き込んでみると、大量のザリガニが発生していた。

 


みんなはザリガニ、釣った事あるだろうか?

 


ザリガニ釣りは、楽しい。生き物を捕まえるという原始的な喜びがそこにはある。しかも割り箸にタコ糸を垂らして先にサキイカをつけるだけで釣れる。チョロい。


小学生の頃、仲良しだった荒川のホームレスのおじちゃんに甲殻類の捕まえ方を教えて貰ったので私は釣り竿がなくてもザリガニなど手掴みでゲット出来るのだが、野生のザリガニは臭いので釣り竿で釣るに限る。

 

そんなこんなで久々にザリガニ釣りたいなと思い帰宅後、一緒にザリガニを釣らないかと母を誘うと


「日焼けするからイヤ」


と断られてしまった。そこかよ。誘っといてなんだけど、他に理由あっただろ。

 

しかし23歳の女が一人、用水路でザリガニと格闘するのは流石に異様なのでしつこく母を誘い続けると


「じゃあ見てるだけ」

「30分だけなら」

「バケツあったかしら」

「割り箸なら100膳くらいあるわよ」

「ママでも上手に釣れるのかしら」


と、一緒にザリガニを釣る方向に流れてくれた。ありがとう母。そして意思弱過ぎ。絶対歌舞伎町でキャッチの話聞いたりしないでくれよな。あと割り箸ありすぎ。90膳くらい捨てて。

 

ここで冷静に

「いい歳して親子でザリガニ釣りかよ」

と思わないでほしい。正論で殴らないで。仲良し親子が二人で温泉旅行に行くのと一緒だと考えてくれ。ザリガニ釣りはその延長上にある。

 

ちなみに母と私がザリガニ釣りについてアレコレ話してる間、父は軽く引いていた。父の感性は多分正しい。

 

 

 

 

翌日、母と連れ立って件の用水路でザリガニ釣りをすると、案の定めちゃくちゃ釣れた。日焼け対策完全武装した母も、途中からノリノリで釣っていた。

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側から見れば

「飼う訳でもなければ食べる訳でもないのに何をしてるのか?」

と意味不明な行動なのだろうが、ザリガニ釣りは結果ではない。釣りという過程を楽しむものなのだ(その為どんなに釣っても最後は元いた場所にリリースする)。

 

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1時間弱ほど釣りまくり、持っていった入れ物がザリガニで一杯になったところで腰を上げ、ふと自分の自転車に目を向けた。

 

 


カバンがねぇ。

 

 

 

私の黒いDAIANAのカバンがねぇ。

 

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自転車のカゴに入れていたはずのカバンが無い。

置き忘れ......はあり得ないどこにも寄っていない。見間違い......もあり得ない自転車のカゴは確かにカラだ。

 


入れ物の中のザリガニがうごめく。

春の日差しが頬を照らす。

 

 


なるほど、窃盗ですわ。

 

 

 

ザリガニ釣りに熱中するあまり自転車のカゴにカバンを入れたまま、親子揃ってずいぶん離れたところまで行ってしまっていたのがマズかった。


知らない人のために言うと、私は生まれも育ちも足立区で、この時ザリガニを釣っていたのも足立区だった。


地元民である私の体感として、正直な話をすると足立区の治安は良く無い。

近年凶悪犯罪こそ少ないが、放火と軽犯罪が妙に多く、自転車の窃盗(通称:チャリパク)に至っては足立区が条例を変えるレベルで多発している。

 

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(実際に足立区が作成・配布したポスター。盗難車の6割が無施錠とあるが、逆に言えば4割は鍵をかけていても盗まれるという衝撃。)

 

 

そんな足立区でカバンから目を離すなど「盗んでください!」と言っているようなものだった。


幸か不幸か、これまでの人生あらゆるトラブルに遭遇してきた経験のある私は割と冷静に状況を受け入れる事ができた。

 

こういう時は慌てても仕方ない。カバンが盗まれた事を努めて明るく母に告げると

「えぇ!!」

と叫び、みるみるうちに泣き出してしまった。

まぁ確かに成人済みで社会人の娘とザリガニを釣っていて窃盗にあったら泣きたくもなるかも知れない。


さめざめと泣く母を慰めつつ銀行の口座やクレジットカードを粛々と凍結させていく。


当時、私の口座には小学生の貯金程度の預金しか入って無かったので、不正引き出しに対する焦りはあまり無かった。それよりも保険証やサンリオピューロランドの年パス、メイクポーチが盗まれた事の方が痛手だった。


沸々と犯人への怒りが込み上げて来る中、遺失物届け出そうと半ベソの母と一緒に最寄りの交番へ行くと、

 


綾瀬駅はあっちです!!!!!!!」

 


と絶叫しながらお巡りさんが出てきた。いや聞いていない。私は駅までの道のりを知りたいんじゃないのよ。カバンをね、盗まれたのよ。


訂正するより先に、その元気ハツラツなお巡りさんを軽く小突きながら奥から先輩らしきお巡りさんが出てきて2人でわちゃわちゃし出した。

なに?アンタらこち亀から出て来たの??ここ葛飾区???

 

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とりあえず一連の出来事を伝えるも、とにかく2人のキャラが濃い。先輩の方は霜降り明星粗品にちょっと似ていて、後輩はみやぞんにそっくりだった(以下先輩さんと後輩くんとする)。

先輩さんは後輩くんの手前もあってか話を進めていくにつれどんどんやる気になってしまい、しまいには「現場検証をする」と言い出しはじめた。

 

 

 

ザリガニ釣りで窃盗にあった現場の検証???

 

 


世の中には色んな不思議な物事や出来事があるが、これほど意味不明なものはそうそうないだろう。

後輩くんが「え〜オレ現場検証初めてッスよ〜」と謎に照れだす。マジかよ、すまない。君の現場検証バージンは私のザリガニ釣りだ。よろしく。

 

 

 

 


みんなは現場検証、立ち会った事あるだろうか?


立ち合ったことのある人はわかると思うが、現場検証はひたすら出来事を時系列順に述べて証拠として落とし込んでいく。ザリガニ釣りの現場検証も例外ではなく、先輩さんはアレコレ盗まれた場所の詳細を確認すると、おもむろにデジカメを取りだした。


証拠写真を撮りますので、窃盗にあった場所を指差してください。

 

 


??????

 

 


現場の写真だけ撮ればいいのかと思ったが、誰が訴えてるかを記録する必要があるらしく、現場に停めた自転車のカゴを私が指差す写真を引きで撮るという。


そんな照れ臭い撮影ある???


にっこり笑うのも変なので真顔を意識したのだが、かえってシュールさが際立ってしまいマグリットの絵画みたいな写真になってしまったと思う。


この日、ザリガニが大量にいる用水路の横に停めた自転車を指差して、カバンを何者かにパクられたと訴える無表情のOLの写真がこの世に誕生したのだ。

Happy birthday to crazy photo.

 


母とはここで別れ、羞恥心でいたたまれない気持ちのままお巡りさん二人組と交番に戻り事情聴取を受け手続きを進めた。

 

その際後輩くんが不慣れ故に、犯人の指紋を採取しようとして銀粉をかけ過ぎてしまい自転車のハンドルがギンギラ銀のメタリックカラーになったり、私の指紋を25本分も採集したりと色々あったのだが、長くなるので割愛する。

 

指にベッタリついた指紋採取用のインクを拭き終わる頃には、窃盗発覚から結構時間が経っており辺りもすっかり暗くなっていたのだが、ここから被害届を書き起こすという。

 

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(「思い出に一枚いいですか」と許可は貰っている)

 

ささっと遺失物届けを書くだけで終わらせるつもりだったのに、なんだか大事になってしまった。だがここまで来たらしょうがない。もうどうにでもなれ、なんでも聞いてくれ。

貴重な週末がこんな形で潰れてしまい半ばヤケクソになる中、後輩くんが核心をついてきた。


「なるほどですね〜それで質問なんですけど〜そもそもなんでザリガニ釣ってたんですか?」

 

なんでも聞いてくれとは思ったが、改めて理由を聞かれるのは、なんというか、冷静にキツイ。急に恥ずかしさが込み上げてくる。

 

良い大人がザリガニを釣る動機など、どう説明すれば良いのだろう。


「......なんか、えと、ザリガニ釣るのって、楽しいので、母を誘って、童心にかえって......ヘヘッ......」


最悪だった。歯切れ悪く、映画ですぐ死ぬ下っ端のモブみたいな笑い方をしてしまった。

もう自分で穴を掘るので入りたい。帰りたい。ザリガニを釣ってただけなのに、どうしてこんなことになってしまったのか......

 

 

そんなこんなで恥ずかしさに身を焼かれているうちに被害届が出来上がった。

 

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改めて文字にするとマヌケ感が凄い。

 

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(この写真も撮影許可は貰っている)

 


そしてしっかり母とザリガニ釣りしてた旨も記載されていた。丁寧な記載、恐縮です。

 

 


全てが終わり、交番を出たのは21:00近くだった。ザリガニも眠っている頃だろう。

 

月が綺麗だったのを覚えている。

 

 

 

 


実はこの話にはとんでもないオチがある。

 


なんと数日後カバンが出てきたのだ。

 


盗まれた2日後あたり公園にポツンと置かれていたのを親切な人が届けてくれたらしい。警察署から「あんたのカバン、出てきたよ」という内容のハガキが届いて発覚した。


めちゃくちゃ面倒な手続きの後、本当にカバンは無事帰ってきた。驚くべきことに、なんと財布のクレジットカードから保険証、サンリオピューロランドの年パス、メイクポーチまで丸々そのまま入っていた。


財布の中の現金はあらかた抜かれていたのだが、巫女の友人がお守りにくれた金の紐のついた5円玉だけは盗られていなかった。

 

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どうやら信心深いスリだったらしい。いやバチ当たりを気にする奴がスリをするなよ。


現金を抜かれたのもムカついたが、それよりムカついた事がある。


空になった財布のお札入れ部分に馬券が入っていたのだ。

 

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しかも3枚。

 


当たり前だが外れていた。

 


人から盗んだ金でギャンブルをするな!!!

そして外すな!!!!

せめて当てろ!!!!!

そして分け前をよこせ!!!!!!


ハズレたなら捨てろ!!!

盗んだ金でコレ買いましたって報告すな!!!!

死ぬまで黙ってろ!!!!!

 

 


そもそも盗むな!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

軽犯罪と人情の街、足立区で生きていくという事の意味とその覚悟を改めて刻み込まれた出来事であった。

 

みんなも、ザリガニを釣る際はどうぞお気をつけて。