お昼寝事変

 

民俗学的気付きに際し、第一発見者のおじさんと総務部に特別な謝罪の意を込めて〜

 

 

 

少し昔の短い話を。

 

 

10月あたりに書いたブログ「お昼寝したい」でほんの少し触れた、私がまだ二流のお昼寝人(シエスター)だった頃の話である。

 

 

入社1、2年目あたりだっただろうか。一応OLとして働いていた私だったが、とにかく毎日8時間寝ても眠く、昼休憩の度に会社で横になれる場所を探しては、持参した毛布にうずくまって昼寝をしてた。

 


しかし身近な場所に横になってお昼寝出来るスペースは中々なく、自分の部署の一つ上の階の薄暗く狭い、よくわからない物品庫の様な部屋を時々使っていた。

 


あの頃はまだシエスターになりたてで経験も浅く、人の来る頻度や時間帯などをよく調べもせずかなり無防備な状態でお昼寝をしていたのだが、それがマズかった。

 

 

ある日、いつものように書類などを保管する倉庫でスヤスヤ寝ていると物音がした。

 


完全に寝ていた為めちゃくちゃ油断したまま、ここは家か?会社か?朝か?夜か?今何時だ?とぼんやり考えつつ毛布を被ったままモゾりと動くと

 

 

 

ヴォアーーーーーーーーーーー!?!?!?

 

 

 

とおっさんの悲鳴が聞こえた。

 


しまった。人に見つかってしまったのだ。

 

 

幸か不幸か私は茶色い毛布を頭からすっぽり被っていたので顔や服装が見られてしまうことはなかったのだが、おじさんからすると床で茶色い物体ウゴウゴしてるのだから、恐怖でしかなかっただろう。

 


血の気が引き一気に目が覚め、毛布を被ったまま弾かれた様に飛び出し逃げた。人生で一番猛スピードでダッシュした気がする。

 

 

万が一見つかった時の逃げるルートはお昼寝を始めた時から決めていた。

 


弊社には監視カメラがあらゆる箇所に設置されている。

しかしカメラには必ず死角がある(これは私の好きな漫画『魔人探偵脳噛ネウロ』で学んだ)。

 


詳しくは言えないのだが、上手いことその死角を縫う様にすり抜け監視カメラの無い非常階段までたどり着ければ、人混みに紛れる事が出来るのだ。

 


私は茶色い毛布を頭から被ったまま逃亡ルートをたどり、なんとか顔をカメラに映す事なく逃げ切り、そしらぬ顔で昼休憩終わりのOLとして颯爽とデスクに戻ったのである。

 

 

 

 


しかし、というかやはり、それで終わりとはならなかった。

 


まずデスクに戻って一時間後、総務部からメールが入った。

 


【注意】不審者情報

 


あーーーーんーーーーーなるほどそうよねあれは確かに不審者そのものだったわウンウンそれにしてもこんなメール初めて見たなフムフムこりゃちょっとヤベェな。

 


私を見つけ悲鳴をあげたおじさんは、一連の出来事をちゃんと上に報告したらしい。たしかに 報・連・相は社会人の基本である。

 

 
しかし私にとってこれは中々マズい状況である。バレたら上司に怒られるだけではなく、シンプルに呆れられ周囲からもドン引きされるだろう。最悪毛布を没収されるかもしれない。

 


居ても立ってもいられず総務部の知り合いに内線を架けそれとなく探りを入れると

 


「不審者の報告があり監視カメラの確認をしてみたが途中で見失ってしまっている」


「しかも速すぎてカメラのフレームが追いついていない」


「人ではないように見える」

 


との事だった。


私の姿や逃走経路が映っていなかった事に安堵しながら「そか〜怖いね〜><」と返して受話器を置いたのだが、それから間も無くしてまたメールが届いた。

 

 

 

【続報】野犬情報

 

 

 

めちゃくちゃなスピードと茶色の見た目から人では無いと判断されたらしい。

でも丸の内で野犬が出るそんなことある?なくね??総務部だいぶ混乱してるよね???大丈夫????なんか本当ごめんね?????

 


人に迷惑をかけてまでお昼寝はしたくない。そんなシエスターはド三流である。もう二度と見つかるまいと、ひたすら猛省した昼下がりであった。

 

 

 

 


その日の夕方、コーヒーマシンの前でぼんやり抽出が終わるのを待っていると先輩に声をかけられた。

 


「今日の総務部のメール見た?」

 


動揺し、出来上あがったコーヒーを危うく落としそうになりつつ適当な相槌を打つ。

 


「あ、なんかメールきてましたね〜」

 


「そうそう。でね、ここだけの話なんだけど、目撃されたってアレ

 

 

 

 

 

 


ぬらりひょんだったらしいよ。」

 

 

 

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(図)

 

捕まえようとすると沈んだり浮かんだりを繰り返して人をからかうという。「ぬらり」と手をすり抜け、「ひょん」と浮いてくることを繰り返すためこの名称が付されたとされている。

(引用)

 

 

そんな事、あるかよ。せめて野犬だろ。憶測飛びすぎだろ。たしかに突然現れて消えたけどさ。妖怪て。

 


なるほど、妖怪の伝承はこうした人の奇行から生まれ流布されていくのかもしれない。これは民俗学的発見ではないだろうか?どこの学会に発表したらいいかわからないけど。

 


ぬらりひょん、マジすか」

 


飲み会の3次会みたいな返しをしつつ、シエスターとしての自覚の甘さを痛感し、今度こそ誰にも見つからない私だけのお昼寝サンクチュアリを探そうと心に誓ったのだった。

 

 

 

 

参考文献〜図および引用文〜

 

(図)

佐脇嵩之『百怪図巻』より「ぬらりひょん

(引用文)

多田克己「解説」『妖怪図巻』京極夏彦編、国書刊行会、2000年。

Wikipedia記載の説明文と参考文献を引用。