OL日記(散文ともいう)

胡乱な意識を洗顔と化粧で叩き起こし、小走りで家を出る。暦の上では春、体感は冬。

天気のせいで、電車から見える景色がいつもより暗い。重たい雲の中にスカイツリーの先がとっぷりと入り込んでいるのが住宅の隙間から見える。朝日もその厚い雲で遮断され、いったい何時なのかなのかがわからなくなっていく。

私の寝て見る夢も、丁度この車窓の様に彩度が低いので、ずっと眺めているとまだ寝てるような気さえする。が、こんな満員電車の中、他人同士が遠慮無しにぎゅうぎゅうに押し合ってるこのリアルな人の熱が夢であるはずかない。
窓に手をつくとガラスに手の跡がひやりと残る。やはり私は目覚めているし、季節はまだ冬なのだ。


電車から吐き出される様にしてホームにおりる。メトロ直通の弊社は、いかにも大手町といった感じのガラス張りのビルなのだが、私は結構気に入っている。むしろこのビルに惚れて入社したと言っても過言ではない。安直な理由だ。
長いながいエスカレーターに乗りながら、前の部署の人たちの事をぼんやり考える。皆どうしているのだろうか。知りたく無いのに考えてしまう。
そのせいでエスカレーターから降りてもぼんやりしてしまい、社員証を出すのにもたついてしまった。


9時始業、大量の住宅ローンの書類に目を通す。貸す側が言うのもなんだが、みんなよくこんな大金を返す当てがあるもんだと毎日関心する。
当たり前だが、借りる金額が大きくなればなるほど、返せなくなった時の為の担保が審査において大切になってくる。

愛にも担保があるといい。人はそれを結婚と呼ぶのだろう。
しかしそんなのあんまりだとも思う。結婚は、打算も欲望も掻っ棄てた先にあるものであって欲しいと願うのは、大人になり損ねた証拠なのだろうか。


目眩がする程の空腹に耐え兼ね、ホワイトボードにLと書き気味少し早めのランチに出る。
ストールを肩にかけ、小さなバックに財布と携帯、化粧ポーチを入れて、いい感じのお店をふらふらと探す。
こうして昼に社外に出るのはまだ慣れていないため、なんだか丸の内OLのコスプレをしているような一抹の気恥ずかしさがある。

ふと、今日は新作リップの発売日である事を思い出す。私は大して気に留めて無かったのだが、幼地味が「絶対欲しいのに買いに行く時間が無い」と言って暴れていた。私はどうも幼馴染に甘いので、空腹の中2つ向こうのビルへ買いに行く。色ははなんとかピンクとホニャララピンク。

ピンクはバリエーションがあり過ぎる。最早名付けた者勝ちな風潮さえあるが、色はもっと大切にしなければいけないと私は常々思っている。
色は人を絶対に裏切らないからだ。


丸の内唯一のドラックストアであるアメリカンファーマシーへと入り、目当てのリップを探す。
レジ横の目立つ場所にあったので探し物が下手な私でもブランドブースを比較的早く見つける事が出来たのだが、肝心の新色が見当たらない。

「すみません、このブランドの新作のリップは......」

「申し訳ありません。ご用意がありません。」

もしも私の人生が漫画なら、間違いなく頭上にガーンと表示されているはずだ。

驚きと悲しみが混ざった感情をガーンと表現した人は偉い。驚きと落胆をオノマトペにすると、ガーンとしか言いようがない。

「元々入荷してなかったんですか?」

「いえ、今朝開店と同時に即完売しまして......」

えぇ。とマヌケな声を出した後、定型文的お礼を告げ店を出る。

丸の内に朝一でリップを買いに行くだけの余裕がある人が結構いるのだ。
みんな案外暇だな。と思いながらスープランチを食べる。

友人が手に入らなかったと言って更に暴れる姿を想像して少しだけ苦笑いし、仕事に戻る。


夜、幸せの事を考えながら入浴をする。
「終わりの見える幸せは幸福と呼べるかしら?」
浴室に少し響くだけで返答はない。
終わりがあるから人生は美しいと誰かが言っていた。しかし、幸せはあまりに儚い。 

私は永遠性を持つことを恐ろしいと感じる人間だが、唯一「あなたの事が好きな私の事をあなたも好き」という幸福だけは、永久に続きますようにと祈らないではいられない。

しかし愛はナマモノであり、その変化を止める事は出来ない。愛を切り取り閉じ込める事は不可能ではないが、それは離別を伴う悲しい儀式が必要になる。 


風呂からあがり髪を櫛でとかす。昔に比べて少し髪の量が落ち着いた気がする。手触りや艶も変わった。今昔、どちらが良い悪いということではない。ただそこに変化の跡があるというだけの話だ。

たとえ変化したとしても、私は私、愛は愛のままでいてほしいと考えながらドライマンゴーを食べる。


明日は、今日と似て非なる一日になるのだろう。
それは幸福か不幸かを考えながら布団に入ると、トロトロと意識が融けていき、たっぷりのぬるま湯の中で毛布に包まるような心地よさの中、少しずつ......眠りに......