眠れない夜には遺書を書く


タイトルはバリクソ重いが、内容はわたあめくらい軽いので安心してほしい。


現に今もフェイスシェイプアップに効果があるというベロ回し体操で、ぐるぐると舌を回し、大変な変顔をしながらこの文章を書いているくらいなのでどうか構えないで欲しい。

   




「眠れない夜」これは誰しも経験あると思うのだが、その時あなたは何をするだろうか?


蜂蜜入りのホットミルクを飲む?気に入ってる音楽をかける?アロマを焚く?

いっそお散歩に出て見るのもいいかもしれない。


小難しい本やスマホでネットのまとめを読むという行為は、結局眠れないのだがやってしまいがちな事である。


 


何をするかは、眠れない理由によって変わってくるかもしれない。


お昼寝のし過ぎで眠れない人、昼夜逆転してて眠れない人、疲れ過ぎて眠れない人、仕事での理不尽な体験がリフレインして眠れない人......色々である。


なんにせよ、眠れない夜は言葉にし難い苦痛を伴う。なぜなら眠れずとも必ず夜は明けてしまうからだ。


私は小学生の頃くらいから「明けない夜はない」が恐ろしく、ずっとこのまま夜だったら眠れなくても辛くないのにと何度も夜明けを呪ってきた。


何もせず目を瞑って布団に横になって心身を休める。

普通ならここで眠れるのだが、眠れないスイッチが一度入ると


...腕がちょっと痒い気がする......身体が暑い.......足は寒い......そういえばアレ明日やんなきゃ.......アレはどこいったんだっけ......


と頭の中で心配事が飛び回りなんだがムズムズしてしまい眠れない。


何をしても眠れない重度の不眠の場合は、心身が疲れてない、またはその真逆で心身が疲れきっているからだろう。




そんな、寝返りを打てどもうてども眠れない時、私は遺書を書く。

 

......

  

イヤイヤいやいやそんな引かないで、待ってまってそんな重いものと捉えないで。かるーく「◯◯の振り返り人生日記!」くらいのノリだから!!!


しかも、書くと言っても大体は精々メモに残す程度である。頭に浮かべて終わりの日もザラにある。



ただ、ひたすらこれまでの事を滔々と振り返る。

生まれてから今までの壮大なスケールでもいいし、入学から卒業、何歳から何歳まで、など、どういった区切りでも構わないから振り返り思い出していく。


自分がどんな人間で、どんな事をしてきたか。


素晴らしい、キラキラとした宝石のような薄荷色の思い出は、沢山掘り出して1つ1つ磨き、窓辺に飾るように文字にしていけばいい。

思い出したくもないような痛い思い出は、その思い出ぴったりサイズの専用箱に優しくしまってあげるといい。そしてその箱に小さな覗き穴を開け、そこから少しずつ思い出に触れていけばいい。



自分の過去をまとめられてきたら、多分少し興奮すると思う。


あんなことがあった、こんな奴がいた。


でも慌てないで!そこのSNSハンター!

そこでFacebookなどで検索をかけ始めると、これまでの眠りの努力は一気に台無しになる。


冷静に、人生を振り返った上で、誰に何をどんな言葉で伝いたいかをまとめていく。

 




明日の朝、自分が死んでいる設定で。


 


親、兄弟姉妹、親友宛は、書いてるうちに、自然と涙が溢れてくるかもしれない。

普段は言えない感謝の言葉や、あの日謝れなかったことの懺悔など、するすると出てくるのではないだろうか。


身近な人に宛てるのがなんだか嫌だというのなら、近所の犬や育ててる途中のサボテン、大事にしてきたぬいぐるみに書けばいい。きっと少し笑えて少し切なくなるだろう。





眠りは一種の死だとも考えられる。

明日目覚めた自分が、今日の自分とイコールである保証などどこにもない。


だから人は日記を書き、日記の集大成として遺書を書く。


眠れない今を仮死状態と仮定して書く遺書は、きっと眠れない時間の有効活用にはとても適していると思う。


むしろ眠れない時間にしか出来ない事だ。

昼間は明る過ぎて思い出は光飛びしてしまう。

夜の闇がスクリーンがわりになるからこそ、記憶を鮮明に映し出す事が出来るのだ。




さあ遺書を書く心の準備は出来ただろうか?

必要なものは、眠れない時間だけである。


 


この文章を読んでいたら眠くなってきた?

それはよかった。遺書を書かずに眠れるのなら、それにこしたことはない。






ぐっすり、おやすみなさい。