高崎かなみさんの撮影会行ったら本当に高崎かなみさんがいた話



タイトルを読んで「は?」と思ったそこのお前も「撮影会に行ったら本人いるに決まってるだろww」と思ったそこのお前もちょっと待て。

推してる人に会えるって奇跡だからな???




みなさん高崎かなみさんを知ってるだろうか。

知っている人はもっと知ってくれ。知らない人は今日から知ってくれ。


高崎かなみさんは、鬼塚ちひろ的に言えばこの腐敗した世界に現れた天使である。


元々なんかの拍子にtwitterでかなみさんの存在を知ったのだが、初めて見た時は可愛い過ぎてマジで合成だと思った。


それから投稿された画像やツイートを見れば見る程好きになっていき、友達に「見て.....今推してる女の子なんだけど可愛すぎん.......???」と布教したりしていた。


そして昨日、aikoのライブの余韻に浸りながら布団でダルンダルンとtwitterを見ていたら高崎かなみさんの撮影会の知らせツイートが目に飛び込んできた。


「ひえぇ会ってみたいけど抽選か予約もしくは富豪じゃなきゃダメなやつやん???」と思いつつツイートを開くと衝撃的な内容だった。


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「定員無しで予約不要、どなたでも参加可能じゃと......??」


タイスケを見ると一日中出ているらしい。嘘待ってそんなハピネスカムヒアな事ってある????


推しと会える思わぬチャンスにマジか明日行こうかな?と考えるも懸念が立ちはだかる。


突然女が押し掛けたら邪魔かもしれないという不安。撮影会の男女比を詳しく知らないが、多分男性が圧倒的だろう。

そうすると世界観的に邪魔かもしれない。あと京都みたいに暗黙のルール的なものがおるかもしれない。ぶぶ漬け、出されちゃうかもしれない。


会いたいけどどうしたら良いかわからず、その気持ちをそのまま呟いた。そしたら


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本人からいいねが来た!!!!!!!!!


「エンッ!!!」って声が出て隣で寝てたママに怒られたけど関係ない。

人から来たいいねの中で一番びっくりしたし、バグか偽垢のイタズラかと思った。


本人からのいいねに歓喜しつつ、それでも私は本当に行ってもいいものか悩んだ。

いや普段はこんなに悩んだりしない。決断力120% デモデモダッテになる事なんてまぁない。しかし推しを前にした人間というのは非常に臆病になるのだ。

なんたって推しである。迷惑をかけてはいけない、嫌われたら軽く死ねる。


考えた挙句、いいねの形がハート型だからという謎理論で「行こう......」と決め、眠りについた。





翌日改めて公式サイトを見てみると衝撃的な内容が書かれていた


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な、7000円!?!?!?!?!?!?!


安っす!!!!!!!!!!!!!



いや金銭感覚がちょっと狂ってるのは自覚している。でもよく考えて欲しい。推し、もとい“一生に一度くらいは会ってみたい!”という人間と7000円で会えるのだ。安過ぎない?


これが海外に住むアイドルだったら、その距離にもよるが、交通費や宿泊費諸々を合わせてどんなに抑えても数万はかかる。


考えてほしい。7000円と数万、どっちがゼロに近いか。


もちろん7000円に決まっている。だから実質タダなのだ。


そもそも私の歴代の推しは同じ次元にいなかったため会う手段が一つもなく、週刊少年ジャンプを枕にして眠り夢で推しに会える事を祈るしか方法がなかった。


それが課金で本当に会えるんだから、私からしたら革命である。いくらでも払う。


という事で撮影会のサイトの「初めての方へ」「規約」を読んだのだが、腰を抜かした。


なんと7000円の内訳は

・6000円は推しを撮影する代(必須)

・1000円はツーショットチェキ代(任意)

であった。



撮影していいの!?!?!?!?



まっっったくグラビア界隈に明るくなかった私は6000円入場料、1000円チェキ撮影料だとばかり思っていたのだが、なんとチェキの前に50分撮影タイムがあるらしい。

そこでようやく「あ、だからはなまる“撮影会”なのか!」とようやく気付いた(遅い)。


もはや撮影タイムがどんなものなのか想像がつかないが、すんげぇ事だけはわかる。ヤベェ絶対近いじゃん。あとシンプルにカメラがねぇ。


思い立ったが吉日のノリで行こうとしていたので、手元にカメラが無かった。

スマホの撮影は禁止。私が持ってるカメラはチェキしかない。家に唯一あったカメラも酔ったパパが踏んだ上に何故かジョイで洗いオーバーキルしてもう動かない。


写ルンですを買うか......でも周り一眼の中写ルンですは浮くよな......100%浮く。しかも撮影会だっていうのにインスタントカメラを持って行くのは失礼かもしれない...... 


ママにヘルプを頼むと家の奥からガラケーくらいのサイズのデジカメを出してくれた。こんな装備で大丈夫か?という一抹の不安を抱えつつ神保町へと向かった。


もちろんめちゃくちゃ緊張感した。

ちっちゃなデジカメ携え女一人撮影会へ向かうのだか緊張しない訳がない。

かなみさんの「午前の部に女の子が来てくれた!」と喜んでいたツイートを心の支えに会場の扉を開けた。 


撮影スタジオはなむちゃんず(大学の友人達)とハロウィンで使ったのと似たスタイルの作りで、入り口で6000円の撮影費+1000円のチェキ代を現金前払いするシステムだった。参加者は私以外全員男性だったが、騒がしさや威圧感は全くなく落ち着いた雰囲気でほっとした。


首から参加カードを下げドキドキして待っていると不意に隣の扉が開き



高崎かなみさんが出てきた。



えええええええ出て来た!!!!!!!!!とちょっとパニックになる。会いに来たんだから出て来る決まってんだろという感じだが、実部を目の前にすると当たり前の事にもすごくびっくりする。


まず足長い。日本人の骨格じゃない。そして細い。想像の倍は細い。顔も小さい。グレープフルーツくらいしかない。あとオーラで軽く光って見える。


かなみさんも「あ!女の方だ!」という顔をしていた(その顔も可愛かった)。


そんなこんなで50分の撮影会は始まったのだが、マジ凄かった。


数人いるグラドルの中から撮影したい子の列に並び1分交代で撮影していく仕組みのなのだが、かなみさんはファン一人ひとりに毎回「よろしくお願いしまーす!」と言って頼まれたポーズに対し笑顔で素早く対応していく。すごい。撮影をしながらファンと会話をする。すごい。喋ってるとこも可愛い。すごい。てかそもそも他撮りでこんな美しいのすごい。すごい。


語彙力が溶ける凄さだった。

多分だけど、とっても勉強して努力をしたのだと思う(何様)。私も友達とハロウィンやクリスマス、お泊会と何かに付けてよく自撮り・他撮りをして来たが被写体になるというのは中々容易ではない。特に他撮りは前の記事でも書いたようにブスになりやすいのでコツと美貌、経験値がめちゃくちゃ必要になる。


高崎プロの凄さに感動している間に、ついに自分の番になったのだが、ここでピューロでの経験が物凄く活きた。


私はサンリオピューロランドの年パス保持者であり、月に一度はかならずピューロの綺麗な空気を吸わないと死ぬ奇病にかかっているのだがそこで毎回グリ(キャラクターと会って写真を撮ること)をする。


初めてグリをした時は、目の前のキャラに「シ、シナモンだ(白目)」と棒立ちしかできなかったのだが回数を重ねる毎にコツを掴んでいき、今ではイベント内容や服装に言及しつつ「可愛い」を連呼し、一緒に撮る写真のポーズのお願いを出来る立派なサンリオオタに成長した。


そんな謎スキルのおかげで、初めてにしては可愛いと伝えたりお話しをしながら写真を撮ることが出来た気がする。


「さ、差支えなければ......」と言って使ってるリップやファンデを教えてもらったり、当日の可愛い衣装の話、前に着ていたサンリオの水着の話なんかをした気がする(記憶が眩しくて上手く言語化出来ない)。



私の友人なら知っていると思うが、私は女体が好きだ。性愛としてではなく、純粋なlikeとして好きで、大学時代はよく友人の胸を揉んでいた(ごめんな)。

この感覚、中々ピンとこないかも知れないが、男性がボディビルの大会で声掛けしたり参考のために良質な筋肉を触らせてもらったりするのに近いと思う。


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話が脱線したが、大学生になったあたりから友達の色んな姿を撮る機会に恵まれていたのが功を奏したのか、かなみさんの写真もビックリするくらい綺麗に撮れ「私は篠山紀信か?」となった。


冷静に考えたら被写体が天使だから綺麗に撮れたのであって私の才能ではないのだが、いわゆる「イイ写」が沢山撮れて大満足だった。


とにかく終始幸せであっという間に時間が終わった。


現場の雰囲気も終始穏やかで、はじめこそ緊張しワタワタしたが、後半は撮影列に並びながら、いかに可愛いかなみさんを目とカメラに焼き付けるか腕組みしながら考えていた。ちょっと貫禄があったかもしれない。


グラビアの撮影会なので色気やエロスはもちろんあるが、そこに暗さやいやらしさは無くむしろ明るく清々しさすらあった。


そして最後のツーショットチェキ。かなみさんは終始笑顔で優しく、ちょっと泣くかと思った。

隣に並ぶと秒で撮られたのだが、かなみさんがめちゃくちゃ可愛く撮れていて本当に嬉しかった。

しかも撮ったチェキにサインをするサービスまである。至れり尽くせり過ぎない???


ピンクのペンで名前とサインを書いてくれた時

「ななみ(本名)とかなみ!似てますね!」

と言ってくれた時は「名付けてくれたパパママまじでグッジョブ」と心の中で親指を立てた。


唯一の心残りは一枚しかチェキを撮らなかったことだ。更に課金をすれば複数枚撮れる事を知ら無かったことが悔やまれる。知っていたら許される限り撮っただろう。もう遊戯王が出来るくらいの枚数撮ってたかもしれない.......


チェキ後、かなみさんは握手をしてくれたのだが、かなみさんのお手てが柔らかくて感動した。私は洗濯婦かな?というくらい乾燥でカサカサしてたのでちょっと恥ずかしかった。


「良かったらまた来て下さい!」

と言われて

「絶対また来ます!今日会って更に好きになりました!」

とテンパりつつも、ちゃんと返事を出来たのが良かった。


絶対行く。必ずまた会いに行く。今日会えた事でこれまで以上にもっともーっと好きになった。


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一ファンとして、今後ずっと応援していこうと思いながら帰りの電車で改めてチェキを見ると、私の前髪が死んでいて良純眉毛がコンニチハしていたが、かなみさんが超絶可愛く写っていたのでオールオッケー!!!!

あなたのブスはどこから?

あなたのブスはどこから?

私は寝不足。私は角度。

そんなあなたには......







私はコンディションで見た目の落差が激しく左右される系女子である。


百聞は一見にしかずである。まずはこれを見て欲しい。



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これは卒業旅行2日目の写真である。

朝早かった(4時起き)にも関わらずむくみも無く、すっきりとした輪郭で目もパッチリ開いている。また、陰影のおかげで鼻筋もしっかり通っているように見える。


いわゆる「盛れてる写真」である。


あまりにも盛れているので「誰だコイツ」状態ではあるが、私自身としてはこれを遺影にしてほしい。




そして、次にこれを見て欲しい


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これは卒業旅行最終日の写真である。

(友人のプライバシーを守る為のスタンプの所為で意味不明な図になっているが、実際は私の隣で美しい友人達が花が咲いた様な笑顔で談笑している写真)


しかし私はスタバを片手に、旅行中全財産盗られた人の様な顔をしている。あと目シンプルにが死んでいる。


見比べてみよう。



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は?





いや、そんな顔をしないでほしい。一番ショックなのは私である。


ここで一旦言い訳をさせて欲しい。


まず、左の写真はsnowで撮られており、また白い壁に強い光が注ぐいわゆる「盛れるスポット」で撮った写真である。

また撮影をガッツリ意識し、顔の全細胞に「行くぞッシャオラ!!!」と気合を入れて撮っている。


しかし右の写真は不意に撮られた写真なのだ。自撮りと他撮りの差はゴリラのセックスよりも激しい。もしこの事実を知らない人がいたら今日ここで覚えて欲しい。




『自撮りと他撮りの差は、ゴリラのセックスよりも激しい』




話が著しく脱線したが、とにかくこの写真を撮ったのは帰国日というもあり、私は疲労度がMAXだったのだ。顔はむくみ、目もアウシュビッツ収容所を前にしたユダヤ人を思わせる程暗く死んでいる。


もちろん帰国が嫌でしょうがなかったということもある。楽しい卒業旅行は始まったと思った瞬間に終わってしまった。光陰矢の如し、秒である。


「楽しい時間程早く終わる。これが相対性理論ってやつ、か......」

とバカ丸出しな持論を展開しながら、アンニュイな気持ちになっていたのは確かだ。


それにしてもだ。この差は酷い。





この差は、何故生まれたのだろうか。


思うに、芸能界にいる様な「容姿が商品」である人以外はどうしても「隙」があるのだ。


例えば、ついつい塩辛やポテチなどの塩分の多いものばかりを食べ、すぐパンパンに顔をむくませたり(私)。


例えば、早く寝れば良いものを、youtubeでクソほど役にもただない「角栓スッキリ動画」を見続け夜更かしをしたり(私)。


例えば、写真を撮る際にうっかり下から撮り、エラと脂肪がいい仕事をして顎がとんでもない長さになりパースが狂ってしまったり(私)。


とにかく、一般人である限り、隙というものは必ずある。


なんならプロだって隙はある。


ワイプに映った芸能人を見て「ソックリさんかな?」と思いよくよく見てみると「あ、本人じゃん......」となった経験はないだろうか?


だいたいの人間、100年の恋も一変に冷める様な顔になってしまう瞬間というのはあるものだ。


じゃあ自分の容姿の平均値というのはどこで知れば良いのだろうか。


はじめに言っておくと最新のカメラアプリは幻である。



特にsnowなんて論外である。snowで撮った自分を自分だと思ってるのであれば、少し病んでいる証拠なので実害が出る前に医者に相談すべきである。



自分の姿を確認するとしたら鏡を見るのが一般的だと思う。

しかし鏡というのは中々厄介で意外と真実を映してくれない。


鏡の前に立った時

「今日の私、なんだか可愛くない?いいんじゃない?」

という日もあれば、

「なんだこのブス?って私かwはー死の。」

となる日もある。


また、自宅の鏡は脳内補正と完全にリンクしてしまっているので、大体いい感じに映るし、世の鏡の中には“細く見える鏡”という合法ドラッグもある。




本当に自己の認識方法は難しい。


鏡は嘘を吐き、親は愛情が、友達は贔屓目が容姿の認知を歪ませる。


どうやったら自分の容姿のレベルを知る事ができるのか。


悩み考えた末、私は一つの結論に達した。


iPhoneの既存のカメラアプリで撮られた動画が一番リアルである」





可愛い表情も、間抜けな顔も、ブスな瞬間も全て捉えた動画こそが一番自己認識に役立つのだ。


まぁ本当なら、どんな表情もどんな自分も愛したいものだ。


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ジャンケンに勝ち、負けた相手を猛烈に煽る動画より抜粋



歌の日々

アラーム

水底に横たわっていた意識が少し浮上する。


......布団から起き上り、顔を洗い歯を磨く……


スヌーズでハッと覚醒06:03。どうやら身支度をする夢を見をみていたようだ。


サインバルタとアレグラの副作用で目が開かない。眠い。あまりにも眠過ぎて人の形を保てている自信がない。アンデッドの様にウゴウゴと動きながらアラームとスヌーズを止め、のっそりと起き上がりずり足で洗面所へ行く。


朝の指先の冷たさは心のせいなので、どれだけ湯を張ったボウルにを手に浸けても温まらない。流れる湯をぼんやりと見る。もったいない。


現実世界で二度目の身支度し、いってきますと家を出ると空が朝と夜が混ざった色をしていて、ぼんやりとモネの『日傘をさす女』の空を思い出す(まぁあの絵が描かれた時間帯は夕方なのだろうが)。


鼻が冷たい。


aikoの『milk』をタップするとワイヤレスイヤホンから軽やかな冬のメロディーが耳の中に溢れ出す。


         暗闇でいじる電話のライトがただ

         キラキラに

         映る何度も見た名前Ah Ah Ah 鳴呼


夜に連絡来る相手がいるだけ恵まれてるよなと思いながら自転車にのり駅を目指す。


耳が冷たい。


満員の地下鉄に揺られながらシャッフル機能で飛んできた曲を聴く。


朝のホイッスルボイスは少しキツく感じるが、それが『つつみ込むように...』だと気づき次の曲へ飛ぼうとした指を止める。

 

           恋人と呼び合える時間の中で

           特別な言葉をいくつ話そう


永遠の恋人を信じないMISIAの問いかけに、私はなにを話してきたかを振り返る。沢山の特別な言葉をかけた気がする。愛してるとはついぞ言わなかったが、大事だということは折に触れて話してきた。


特別な言葉をもらったかどうかは、もう忘れてしまった。

 





もう慣れた大量の仕事をデスクで片付けながら、頭の中で曲を流す(これは最近知ったのだが、世の中には頭で曲を流せない人がいるらしい。不便だろうしすこし不憫だ)。


         それでもいい

         それでもいいと、思える恋だった


指示語から入る愛の曲。HYの恋の歌はいつだって叶わない恋のど真ん中にいる。だからこそ恋や愛に苦しむ人の胸に響くのだろう。

彼女はこの曲を書き上げる為にわざと恋人に別れを告げ自発的に失恋をしたという。

好きだけど別れるカップルは数多くいれど、曲のために別れるカップルはそういないだろう。そんな強くも数奇な覚悟で書かれた曲を頭で流すと、すこし心が動かなくなる。


「黒田ちゃん、会議」


月曜の定例会議に呼ばれ、頭の中の曲を切ると最初のフレーズが小さくリフレインした。

         

        それでもいい





何十、何百億という金額が目の前で回る。出た数字の単位が円だという実感がどうしてもわかない。ただの値にしか思えない。

この数字達は大勢の人生を背負っているのだと頭でどんなに言い聞かせても、キーボードを事務的に叩く事はやめられない。


           悲しみが 声を殺して 私を

           待ち構えている


椎名林檎の『絶体絶命』。毎日を単調に過ごす事は幸せだろうか。それとも日常を対価に差し出し失ったとしても、非日常的生活は素晴らしいのだろうか。


             静寂が囁く

           「騒いだところで

             出される答えは同じと」


回るマクロをぼんやりと見つめる。正しく回るこのマクロは私なんかよりもずっと賢く価値がある。こんな鉄の箱に入ってないで、空の下、海の中、花畑の上、好きなところに行けばいいのに。自由にしていい権利があるはずだ。


          晴れ渡る空は遠く塗り潰されていく


まぁ、箱に入って管に繋がれていない限り、マクロは回る事が出来ないのだが。


あぁもしかすると無自覚なだけで今の私も絶対絶命の状況なのかもしれない。マクロのように、クルクルと回っているのかもしれない。





丁度この時期の定時17:10の空は夜と昼が混ざって夕日とスミレの色をしている。この瞬間をマジックアワーと言うのだと教えてくれたのは誰だっただろうか。

特段何をしたわけでもないのに疲労感が酷いので残業もそこそこに、夜になる寸前に退社する。

世間一般的に比較的早い時間の退社だと思うが、それでも東京駅は人でごった返している。ポケットに手を入れ片手で上手いことAirPodsからワイヤレスイヤホンを取り出し耳にはめ、もう片方の手でシャッフルを選択する。


          すれ違う人も立ち止まる人も

          教えてはくれないんだろう


          優しく密かなさよならの仕方

          教えてはくれないだろう


『密かなさよならの仕方』をaikoが語る。そうだaikoよ教えてくれ、どうしたら優しく密かにさよならを言うことを出来るんだ。私にはわからない。思いつきもしない。

こんなにaikoの似合わない街で、凍りついた空を灯りが溶かすせいでなんだか泣きたい様な気持ちになってしまう。


                この淡い日々よ腐るな


息を吐く。白く濁る。そうだこの一瞬しか現れない淡い日々を、腐らせてはならない。腐らせてたまるか。忘れてたまるか。一人を選んだ一番辛い時、あなたの優しさに、言葉に頼ってしまった。手が差し出された様に見えた。でもそれは違う。あなたはただそこに立っていてくれただけに過ぎない。これ以上困らせてはならない。

本当に好きだとしても。それが何年も前から微熱を持ったものだとしても。


24歳になって10日目。早くも色んなものにさよならと手を振った気がする。大人にった証拠だろうか?山手線の表示が滲んでる。視力さえも若干失ったのか?それとも......

           


         


                   起き上がれないほど

                   苦しんでいるの、私


本当に苦しい時は起き上がれない。家に帰りなり崩れ落ちる様に寝具に横になる。こうなるともうiPhoneが流す曲をただぼんやりと聞く事しか出来ない。さすがつんくと言わざるを得ない歌詞。『一人ぼっちの私』。私も丁度一人ぼっちだ。


こんな姿だれにも知られたくない。嘘、だれか隣にいてほしい。


でもそれは、望んだ人でない限り、悲しさが増えるだけなので、やはり一人でいい。一人がいい。このぬるま湯のような布団の中、身体を丸く曲げてこの世の全てから隠れたい。


              かなしみがせめてくるよ

              もっと大きくならなければ


谷山浩子の声が、外れかかったイヤホンからこぼれ落ちる。『ガラスの巨人』になって、私もかなしみに負けてしまわない様、高層ビルくらい大きくなりたい。でも誰にも見られたくない。だから透明。ガラスの巨人になりたい。




恋人との別れが苦しいのではない。私はきっと愛を注ぐ入れ物を失った苦しみに悶えているのだ。溢れ出る愛は行き先を失い、辺りを無尽に濡らし傷ませる。熱を孕み膿んだ傷口に当てるガーゼはない。ひたすら跡になるのを待つだけ。傷を癒し緩和する方法は幾らでもあろう。しかし、何物もこの病を寛解させる事は出来ない。


時間が解決するという言葉が、手垢が付くほど使われてきた歴史がそれを証明している。

人を失った苦しみなら、刃物で切られた様な一本の綺麗な深い傷一つ。

では愛の行く先を失った傷の形は?




この先の人生100回泣く覚悟は出来ている。でも、1000回は、耐えられないかもしれない。






なんて、冗談だよ。半分。

青を選ぶ話

身体に価値があり金になると知ったのは15年前。

毎日が夜だった。


明けない夜は無いと言ったのは誰だろう。この頃の私はとにかくこの言葉に縋り祈った。眠りから目覚める事はとても辛いが夜と比べれば随分マシだった。


ランドセルを背負い昼に向かう。


授業も、友達も、遊びも、日常の全てをもってしても夜の存在を隠せはしない。むしろその暗さを際立たせてしまう。


今思えば夜そのものは然程怖くなかったのかもしれない。夜を知った自分の方が恐ろしくかった。


そんな日々の中、忘れもしない。調べもの学習の時間に一人で誰もいない第二図書室へ本を取りに行った時の事だ。


そこは平日の学校とは思えない程静かだった。少なくとも普段の喧騒は耳に届いていなかった。

その奇妙な心地よさにしばらく動けずにいる私の目に映ったのは、五月の抜ける様な空とそれを遮る窓だった。


夜も昼も選べなくなった私は、青を選んだ。


もう疲れた、と冷たいステンレスの鍵に手を掛け全てを終わりにしようと時、幼馴染の声がした。


資料を取りに行ったきり戻ってこない私を軽く咎めるような声だった気がする。でも名前を呼ばれたのははっきり覚えている。


夜に目をつむり、声に応え、眩し過ぎる昼へと何事もない様に振る舞いながら駆け出した。



あの日から、青がこびりついて離れない。

書きかけのカメと過去

メモ帳から書きかけの物語を発掘した。


......


忙しい3月の終わり、カメから一本の電話が入った。




その日はトンデモなく忙しく皆んな目を回しながら仕事をしていて、そこかしこの電話がプルプルと鳴っていた。

私は課長に頼まれていた戸籍謄本のコピーに追われていたのだが、誰も電話に出る気配がなかったのでA4のコピー紙に埋もれそうになりながら受話器をとった。


「はい。四ツ葉銀行、東京中央支店です。」


馬鹿みたいに繰り返したおかげですっかり染み付いたフレーズが無意識に口から溢れ出る。


私はいつから銀行になってしまったのだろうと思いつつメモ帳とボールペンを手前に引き寄せ要件を待っていると、言葉の代わりに先に不思議な音が聞こえてきた。


一瞬電波が悪いのかとも思ったが、音量を上げていくにつれて、それが波の音ことに気がついた。


ざぁ、ざざん、ざざぁ、ざざん、ざぁ、さぶん。ざざぁ。ざん。ざあぁ。


喧騒も忘れて聞き入っていると、手の甲をギュウと先輩に抓られる。痛みにハッとし顔を上げると先輩が「なにしてるの」と苛立った声で言うので、慌てて受話器に向かって「もしもし」と尋ねる。


それでも声は聞こえず、波の音がただただ右耳に響くだけだったので「お電話が遠い様ですが......」と続ける。


ざざぁ、ざん。ざざぁん。ざあぁ。


間違い電話だったのかな?と思い「一度お電話を切らせて頂きます」と言った瞬間、波の音では無い、低く篭った声が聞こえた。


「もしもし」


ボールペンを握る力が強くなる。


「お電話、ありがとうございます。四つ葉銀行、東京中央支店でございます。」


いつもよりもゆっくり、はっきりした口調で名乗る。声のトーンからして、ご年配のお客様だろうか。


「はい、私はガラパゴスゾウガメでございます。」


その瞬間、ザブンと一際大きな波の音が身体に響いた。


      

遠い記憶が蘇る。と言っても3ヶ月前なのだが、今は昔の事のように思える3泊4日の泊りがけの研修の記憶。


研修所の、無機質で築年数を重ねていることを誤魔化しきれない黄ばんだ壁が印象的だった。


綺麗なテトリスのように組まれたカリキュラムの中に、その授業はあった。

すこしヨレた紺のスーツで、妙な柄の分厚い生地のネクタイを締めた白髪のおじさんが話を始める。


なにかこれまでの人とは違う柔らかな雰囲気に、皆は眠たさを露骨にしはじめていたが、私はこれまでとは違う雰囲気に惹かれて他の事業の話よりも真剣に聞いた。


「みなさんもご存知とは思いますが、この国にも数万件登録されている人的動物には金融機関と取引をする権利が各都道府県より付与されています。そのため、ウサギやアヒルが口座を作る事も可能です。」


そう言えば、喋れる猫が権利を主張して裁判を起こし勝訴していたニュースがあった。なんの権利かは、忘れてしまったが。


「そのためいつか、あなた達も人的動物をお客様として迎える日が来るかもしれません。確率はそう高くは無いですが、備えあれば憂いなしという言葉もあります。そのためこの時間では人的動物を相手とした際の事務取扱いと注意事項についてお話しします。」

......



書いた事自体すっかり忘れていたので「へーえ、ふーん。」と他人事の様に読んでしまった。


私のスマホには、こういう書きかけの話が山の様にある。書ききればいいものを、集中力がないばっかりに途中で飽きてほったらかしにして溜めてしまうのだ。

もう書かないのなら消してしまえばいいのに、それはなんだか惜しい気がして未練がましく残してしまう。


文章の他にも、色んな中途半端にぶら下がったまま捨てられずにいるものが私の中には沢山ある。



あの日言いかけた言葉、我慢した涙、片思いの記憶、落ちたままの恋。



無かったことには出来ないのだから、せめて箱にでも閉まって封印でもしてしまえばいいものを、いつまでも片付けもせず置いておくから何かの折に躓いたりなんかして思い出し、風呂場で呻いたりする。

 

なぜ片付けられないのか。


世界一旅行に旅立った友人が、出発前の食事会でこんな事を言っていた。


「人間はね、2種類に分けられると思うの。未来を生きる人と、過去を生きる人。」


てっちりを頬張る友人は過去よりも未来を見つめて生きてゆける人だったが、私は完璧に後者だった。


私はいつまでも過去に縛られ続けるタイプの人間だ。それが幸せなモノならいいが、呪いのような記憶も混ざってるので、蛇のように執念深くいつまでも過去の恨み辛みを反芻しては呪詛を唱えている。


過去のしんどい事を全て抱え続けているのだから生き辛いに決まっている。早いところ一掃してしまえばいいものを、私は思い出を映す万華鏡に魅入られて離せない。


良い過去だけを抽出できたら良いのだが、幸せと不幸はみちっと癒着して剥がせない。


こうなったらスイも甘いも全て背負い込める人間になるしかない。今はまだ上手くいかず押し潰されそうになるが、1つずつ拾って積み重ねていこう。そうしたらいつか物語の続きを完成させる日が来るかもしれない。





私とて、ガラパゴスゾウガメの用件が気になって仕方ないのだ。

悪魔と後輩、人間の私と

私が初期配属の部で破茶滅茶に虐められて病んだのはもう何回も話してきたと思う。


しかし、今度は今年入った新人がスケープゴートになっているらしい。


同期から相談を受けて知った。





「どこの部にも、酷い人はは居るもんだ。」


人は言う。




しかしあの部には、人間の腐った根性を煮詰めて固めた人外が4人もいる。



4匹の悪魔が寄ってたかって新人を虐めている。


それが、私がいた部。今、顔も知らぬ後輩が苦しんでいる部なのだ。


一年前にブラックアウトをしてからあの部、あの地獄を思わなかった日はない。




ミスを詰められる

ノルマがキツイ



そういうことではない。

もう、居るだけで虐められるのだ。ロクに仕事は教えてもらえない。ミスをしたら二度とその仕事はさせてもらえない。一つの小さな失敗を、まるで人でも殺したかの様に大ごとにして、集団で攻めて上席に報告し詰めに詰める。


結果で見返すなんて出来ない。

仕事を回してもらえないから。

他の人に助けてもらうなんて出来ない。

皆4匹の悪魔に逆らうのが怖いから。



中世ヨーロッパの魔女狩りの方が潔がいい。

魔女討伐の大義名分があるから。

大正の村八分の方がまだ救いがある。

火事葬式は手伝ってもらえるから。



この世で一番悲しい事は、必要とされない事だと私は思う。


会社に行って、仕事をさせてもらえず日々瑣末なことで叱り飛ばされ人格を否定される苦しみは並ではない。


あの頃、私は毎日泣いていた。

帰りの電車で、昼休みのトイレで、階段の踊り場で。


でも、その後輩は泣かないのだという。


皮肉な事に、泣かない事が事態の悪化に拍車をかけているらしい。



今の部ではうまくいかない事もあるが、会社として勤めるのに特段問題はなく、あの日々の後遺症を引きずりつつも日々を過ごす事が出来ている。


あの頃を思えば天国のような場所だし、仕事も人間性も尊敬できる上司の下働く事が出来ている。


しかし同じ会社に、いまだ地獄が確かに存在している。その事実が私を苦しめる。




私は軽々しく地獄と名を打っているわけではない。あそこは人の心を持たない悪魔が醜い欲を満たすために居る、本物の地獄なのだ。


随分感情的に、詩的に描写しているなぁと笑う人もいるかもしれない。


しかし、一般人の想像を絶するおぞましさがそこは確かにあるのだ。たかだか会社の一部署が、こんなにも救いのないコミュニティになり得るのかと、疑わずにはいられない酷さが蔓延しているのだ。


あの日々を思い出すと、私は心から人間に生まれた事を後悔する。

人でなくなった者の業の深さと、それを傍観する事しか出来ない人間の心の弱さに眩暈がする。



同期は私に、その後輩に会ってほしいといった。






地獄に通う彼女に、私は何を話せるだろう。

 

まだ若すぎる

LAWSONで買ったタラコスパに醤油を一回しかけて、スーパーなんかで売ってるシソ梅干しをちょっと入れてぐるぐる回すと

「私って天才シェフだっけ?とりあえず恵比寿と六本木に店出してミシュラン来るの待っとく?」

と言ってしまう程美味いパスタが出来上がる。


それを食べながら友達の家で好きなものを見て好きな様に語り笑って眠くなったら寝て起きたら日曜の11:30だった。


5度寝位したせいか、ひどく長い2本立ての夢を見た。


私は寝て見た夢の中の感情が起きても残る厄介なタイプなので、友達の布団にくるまりその余韻にしばらく浸る。


その後、もったりとした頭で出町ふたばのわらび餅を食べながら窓を見ると、抜ける様な青空でなんだか笑ってしまった。


昨日友人と行った神社でびしょ濡れになりながら絵馬に書いた「雨との縁を切りたい」という願いが早速成就したらしい。


中学の頃からの気の置けない友人が大阪配属になってからも、週末を使ってこうして会いに行き、心地よい気だるさの中布団に横になりなんてことのない事で笑い合えるのは本当に幸運な事だと思う。


塩分過多パスタのせいで浮腫んだ指でスマホを開くと13:00。

 





どこかで凛、と平成最後の最高の夏が始まろうとする音がする。






全ての物事は始まった瞬間から終わりに向かって進み出す。私にとってそれは救いであり悲しみでもあった。


小学生の頃には既にこの感覚に苛まれていたため、大好きな土日が終わる予感を金曜日のドラえもんで感じる様な子供だった。


大好きな時間が終わりに近くと、心の位置は胸にあるのだと再認識するくらい、ポッカリと穴が空くようにすーすーと寂しくなる。


帰り道で友人に、どれだけ楽かったか、そして名残惜しいかという思いを伝えるのがどうにも恥ずかしく、モゴモゴとまとまらない言葉を零した後、それじゃあと言って改札をくぐる。


見送られた後の高槻の電車で見上げた空は青く高く秋のそれに似ていた。


夏の直前の空はこんな風なのか。






私は少し前まで、王子と結婚すれば幸せになれると意地悪な魔女に騙されて呪いをかけられていた。


私と同じ瞳をした魔女だ。


しかし来ぬ人を待つというのは想像より残酷な時間で、疲れ果てた私はついに先週、同期の友達との飲み会の帰りに一人日比谷公園にしゃがみ込み途方にくれてしまった。


どれくらい座っていたのか。

長針と短針が重なり合う寸前、街頭の灯りと走り去っていく車のライトに当てられた瞬間、不意に全ての呪いが解け、色々な事を思い出し、そして静かに理解していった。


「そっか、そうだったのか。」



・・・



初めて使った新幹線のネット予約サービスに手間取り、新幹線に滑り込む様にして乗り込んだせいで髪が一束ドアに挟まった。まさに間一髪である。


指定席窓側A席に座り、もう一度空を見る。


あの時日比谷公園で解けた呪いが教えてくれた。


「あぁ、旧友と自由に遊び笑い語る事の楽しさよ。私はまだ、もう少しこの楽しさに浸っていたい。」


平成7年生まれのゆとり少女は、自力で稼ぎ好きな事をする自由の楽しさを知る女になったわけだ。


誰かに選ばれるのも、誰かを選ぶにも、私にはまだ若すぎる。

23年生きてきた事なんて関係ない。今の何も出来ない私にはまだ早すぎる。





そういえば今年の10月はハワイに行く。

あそこの空は今日の空の青より青いだろう。






私はもっと迷いたい。