まだ若すぎる

LAWSONで買ったタラコスパに醤油を一回しかけて、スーパーなんかで売ってるシソ梅干しをちょっと入れてぐるぐる回すと

「私って天才シェフだっけ?とりあえず恵比寿と六本木に店出してミシュラン来るの待っとく?」

と言ってしまう程美味いパスタが出来上がる。


それを食べながら友達の家で好きなものを見て好きな様に語り笑って眠くなったら寝て起きたら日曜の11:30だった。


5度寝位したせいか、ひどく長い2本立ての夢を見た。


私は寝て見た夢の中の感情が起きても残る厄介なタイプなので、友達の布団にくるまりその余韻にしばらく浸る。


その後、もったりとした頭で出町ふたばのわらび餅を食べながら窓を見ると、抜ける様な青空でなんだか笑ってしまった。


昨日友人と行った神社でびしょ濡れになりながら絵馬に書いた「雨との縁を切りたい」という願いが早速成就したらしい。


中学の頃からの気の置けない友人が大阪配属になってからも、週末を使ってこうして会いに行き、心地よい気だるさの中布団に横になりなんてことのない事で笑い合えるのは本当に幸運な事だと思う。


塩分過多パスタのせいで浮腫んだ指でスマホを開くと13:00。

 





どこかで凛、と平成最後の最高の夏が始まろうとする音がする。






全ての物事は始まった瞬間から終わりに向かって進み出す。私にとってそれは救いであり悲しみでもあった。


小学生の頃には既にこの感覚に苛まれていたため、大好きな土日が終わる予感を金曜日のドラえもんで感じる様な子供だった。


大好きな時間が終わりに近くと、心の位置は胸にあるのだと再認識するくらい、ポッカリと穴が空くようにすーすーと寂しくなる。


帰り道で友人に、どれだけ楽かったか、そして名残惜しいかという思いを伝えるのがどうにも恥ずかしく、モゴモゴとまとまらない言葉を零した後、それじゃあと言って改札をくぐる。


見送られた後の高槻の電車で見上げた空は青く高く秋のそれに似ていた。


夏の直前の空はこんな風なのか。






私は少し前まで、王子と結婚すれば幸せになれると意地悪な魔女に騙されて呪いをかけられていた。


私と同じ瞳をした魔女だ。


しかし来ぬ人を待つというのは想像より残酷な時間で、疲れ果てた私はついに先週、同期の友達との飲み会の帰りに一人日比谷公園にしゃがみ込み途方にくれてしまった。


どれくらい座っていたのか。

長針と短針が重なり合う寸前、街頭の灯りと走り去っていく車のライトに当てられた瞬間、不意に全ての呪いが解け、色々な事を思い出し、そして静かに理解していった。


「そっか、そうだったのか。」



・・・



初めて使った新幹線のネット予約サービスに手間取り、新幹線に滑り込む様にして乗り込んだせいで髪が一束ドアに挟まった。まさに間一髪である。


指定席窓側A席に座り、もう一度空を見る。


あの時日比谷公園で解けた呪いが教えてくれた。


「あぁ、旧友と自由に遊び笑い語る事の楽しさよ。私はまだ、もう少しこの楽しさに浸っていたい。」


平成7年生まれのゆとり少女は、自力で稼ぎ好きな事をする自由の楽しさを知る女になったわけだ。


誰かに選ばれるのも、誰かを選ぶにも、私にはまだ若すぎる。

23年生きてきた事なんて関係ない。今の何も出来ない私にはまだ早すぎる。





そういえば今年の10月はハワイに行く。

あそこの空は今日の空の青より青いだろう。






私はもっと迷いたい。

十戒クイズ

私は世界中の神様を信じている。

正確に言うと「信じる時もある」。




私の懺悔室は大体トイレだ。




今日も神様に祈りを捧げた。


頭が痛い時は横になって目を瞑るだけなのに、お腹が痛い時はトイレで手を握り世界中の神様に懺悔をはじめてしまうのは何故だろう。


神様仏様イエス様。アッラーにシヴァ、ゼウスお願いです。明日から清く正しく美しく生きるので、どうかこのお腹を鎮めて下さい。


頭の中でグルグルとマニ車を廻しながら、白い小さな匣の中、陶器の椅子に座り祈る。

きっと世界のどこかに同じ様な不遜な教徒が居ると信じながら。





より良く生きたいけれど、あんまり努力はしたくない。そんな事を考えながら食べるランチのアボガドマグロ丼は美味しい。


苦悩と成長が生きる糧になる、暑い夏の日に向かって咲くひまわりの様な人も居るだろう。

生憎私は紫外線過敏症なので、湿った穏やかな土地で苔のようにひっそりと生きたい。出来る事なら盆栽の土の上で甘く柔らかな水を感じながら生きたい。


ふと窓に目をやると、向かいの工事現場で二台のクレーンがゆるりゆるりと鉄骨を運んでいる。キリンの親子が草を食む姿を彷彿とさせる風景に少し笑う。


こういう幸せを抱きしめる喜びを忘れてはいけないと思いながら会計を済ます。


「1080円です。」





あの日釣ったザリガニにも母はいたのだろうか。だとしたら、昨日はどんなカーネーションを贈ったのだろうか。


そう思いながらデスクで食べるハイチュウにはグミが入っていた。


「これぷっちょだわ。」


瑣末な差の様で重大な違いである。願わくばそうしたちょっとした事を大切にしていきたい。ハイチュウもぷっちょもキャラメルもボンタンアメも、一括りにされたら嫌だろう。


私だって一緒にされたくない人がいる。宇宙人規模でみたら、浜辺の砂粒以下の存在の私でも、譲れない個がある。


大切にしたい心掛けがある。飽きる事なく反芻する。


早寝早起き 無理をせず 美しいモノを見て モルモットを愛し インコと語る 美味しいものを食べ 魔法を信じ 風呂を愛して 柔らかい場所で眠る そして......


OL旅行記(散文ともいう)

OLが行く!湯けむり慰安バスツアー!


品に欠ける電車の中吊り広告の様な出だしになってしまったが、文字通り、この土日は会社の仲良しの同期と温泉バスツアーに行って来た。


私は、旅行はどこに行くかという事よりも誰と行くかが重要だという考えのため、行き先は友人に任せ、ギリギリまでどこの温泉に行くかチェックしておらず3日前あたりにようやく栃木の日光・鬼怒川温泉に行く事を知った。

 

どこの温泉に行くのかと親に聞かれ「きどがわ温泉」と返し怒られたのは内緒だ。


幼い頃から重度の花粉症のため、日光の杉山を恐れ、アナフィラキシー覚悟で臨んだ旅行だったが、万全を期したからか然程影響はなかった(友人は一度瀕死になった)。




余談だが。


花粉症の薬は大きく分けて2種類ある。抗アレルギー薬と抗ヒスタミン薬だ。


前者の薬は病院でしか貰うことが出来ない。手間だが、抗アレルギー薬は花粉飛散の1ヶ月程前から飲む事で大きな効果を得る事ができ、且つ保健が効くので非常におすすめだ。

手軽にドラッグストアなどで手に入る後者の抗ヒスタミン薬だが、副作用として眠気と喉の乾きがあり、また飛散量の多い地域に行くと症状を抑えきれなくなる為注意が必要となる。




突然語りだして申し訳ない。花粉症についてアウトプットする機会に中々恵まれない為ついこの場を借りてしまった。


話を戻すが、栃木は東京に比べるとまだ寒いが、春の訪れはそこかしこに現れていた。


都会ではあまり見かけないつくしが生えているのを見つけた時は結構興奮したが、皆はあまり興味無いだろうと思い、ひとり万年筆のようなフォルムをまじまじと観察したりした。


ツアーの為、日光東照宮やスイーツ食べ放題店、おかき工房など、色々な場所をバスで巡っていった後(イタリアのパックツアーを思い出した)、宿泊する温泉旅館で降ろしてもらった。




温泉は、良い。




人によってはデカイ湯船くらいの認識かもしれないが、プラシーボ効果を差し引いたとしてもやはり疲れが溶け出して行く様な気がしてならない。


うぅ、だとか、あぁ、だとか言いながら熱い湯に浸かり、頭にタオルを乗せサイコーだねと顔を見合わせた瞬間、OLになった事を実感する。


大人になれた。なってしまった。


 


早めの夕食を済ませ二度目の入浴を済ませた後、部屋へ戻ると布団が敷かれていた。上げ膳下げ膳至れり尽くせり、旅館の醍醐味である。


布団を見た瞬間、電気も付けずに自己主張の激しい性格の人から順に(私は2番目だった)目ざとく各々気に入った布団へダイブしたが、それでは不公平だという事になり結局ジャンケンで場所を決めた。


そこでとりとめのない話をぽつぽつとした。

具体的に何を話したか、もう思い出せない程なんて事のない会話だったのだが、その時間が一番フラットな自分で居る事ができた気がする。


ふと、スマホに着信が入っている事に気付く。折り返すと、母からの祖父が倒れたとの連絡だった。

祖母が亡くなり早8年、やや不謹慎だが、祖父もよく生きてきたよな。と思いながら翌日早朝東京に向かう事を約束し切電。


皆にその旨を伝えると、私以上に祖父を心配をしてくれ、先に帰る身勝手さを責められる事はなかった。


その後、畳の上で円になり座っていた事や部屋の雰囲気も相まって、段々レクレーション的なゲームをしたくなり、急遽人狼の親戚の様なゲームのアプリを入れ(こういう時にスマホの便利さに改めて気付かされる)深夜1時までゲームで盛り上がり、その後誰ともなく布団へ滑り込み電池が切れた様に眠りについた。




仕事の夢を見た。

もう詳しくは思い出せないが、私は仕事に必要な承認を貰おうとするのだが誰も応えてくれずフロアをウロウロしていた。すごく心細かったのは鮮明に覚えている。


困り果てた時、デスクの上の私の携帯が震えた。昔使っていたピンクのガラケーからperfumeのlovefoolが流れる。なんの違和感も躊躇もなく(夢の中だから)出ると、同期の友人からだった。


「どうしたの?」


あのね、と言い出した瞬間、誰かのアラーム音で目が覚めた。


ぼんやりとした意識の中「後5分寝ます......」と言ってもう一度目を瞑る。


結局15分追加で眠った。




朝食と身支度を済ませ、バスツアーの続きに向かう同期と旅館の入り口で別れる。


「次会うときは2年目だ。」


内定者時代に出会い、辛酸を共にした皆と共に新人を終える事に喜びと一抹の寂しさを覚えながら手を振った。




乗車券と特急券の認識がごっちゃになりながらもどうにか切符を買い、一人スペーシアに乗り込みイヤホンを耳にはめる。


東京に居る時はハイテンポなシティポップを好んでいるが、こういう時に聞く音楽はスローテンポな昔のヒット曲に限る。


車窓からは山や田畑、民家。ぽつぽつと梅も見える。なんと穏やかな春の風景だろう。

いっそCarpentersのTop of the worldくらいカントリーな曲でもいいかもしれない。


車内販売で買った220円のアイスコーヒーのプラスチックカップと窓ごしに流れる景色をぼんやりと眺める。


春の陽気で生まれた氷まわりの結露がキラキラと外の菜の花畑を反射している。


ふと夢に出てきたガラケーと同じ様な色の車が目に入った。

珍しい色だと思いよく見てみると、運転席からチラリと女性の和服の袖が見えた。


それだけの事なのだが、胸がグッと熱くなる。

自分とは全く異なる他者の営みを垣間見るというのも、旅行の良さの一つなのかもしれない。


祖父は今どうしてるだろうか。

悠長にまばたきをしながら、春の日差しに照らされた病院の白い壁を思い浮かべていると、次は北千住とのアナウンスが流れ出した。

OL日記(散文ともいう)

胡乱な意識を洗顔と化粧で叩き起こし、小走りで家を出る。暦の上では春、体感は冬。

天気のせいで、電車から見える景色がいつもより暗い。重たい雲の中にスカイツリーの先がとっぷりと入り込んでいるのが住宅の隙間から見える。朝日もその厚い雲で遮断され、いったい何時なのかなのかがわからなくなっていく。

私の寝て見る夢も、丁度この車窓の様に彩度が低いので、ずっと眺めているとまだ寝てるような気さえする。が、こんな満員電車の中、他人同士が遠慮無しにぎゅうぎゅうに押し合ってるこのリアルな人の熱が夢であるはずかない。
窓に手をつくとガラスに手の跡がひやりと残る。やはり私は目覚めているし、季節はまだ冬なのだ。


電車から吐き出される様にしてホームにおりる。メトロ直通の弊社は、いかにも大手町といった感じのガラス張りのビルなのだが、私は結構気に入っている。むしろこのビルに惚れて入社したと言っても過言ではない。安直な理由だ。
長いながいエスカレーターに乗りながら、前の部署の人たちの事をぼんやり考える。皆どうしているのだろうか。知りたく無いのに考えてしまう。
そのせいでエスカレーターから降りてもぼんやりしてしまい、社員証を出すのにもたついてしまった。


9時始業、大量の住宅ローンの書類に目を通す。貸す側が言うのもなんだが、みんなよくこんな大金を返す当てがあるもんだと毎日関心する。
当たり前だが、借りる金額が大きくなればなるほど、返せなくなった時の為の担保が審査において大切になってくる。

愛にも担保があるといい。人はそれを結婚と呼ぶのだろう。
しかしそんなのあんまりだとも思う。結婚は、打算も欲望も掻っ棄てた先にあるものであって欲しいと願うのは、大人になり損ねた証拠なのだろうか。


目眩がする程の空腹に耐え兼ね、ホワイトボードにLと書き気味少し早めのランチに出る。
ストールを肩にかけ、小さなバックに財布と携帯、化粧ポーチを入れて、いい感じのお店をふらふらと探す。
こうして昼に社外に出るのはまだ慣れていないため、なんだか丸の内OLのコスプレをしているような一抹の気恥ずかしさがある。

ふと、今日は新作リップの発売日である事を思い出す。私は大して気に留めて無かったのだが、幼地味が「絶対欲しいのに買いに行く時間が無い」と言って暴れていた。私はどうも幼馴染に甘いので、空腹の中2つ向こうのビルへ買いに行く。色ははなんとかピンクとホニャララピンク。

ピンクはバリエーションがあり過ぎる。最早名付けた者勝ちな風潮さえあるが、色はもっと大切にしなければいけないと私は常々思っている。
色は人を絶対に裏切らないからだ。


丸の内唯一のドラックストアであるアメリカンファーマシーへと入り、目当てのリップを探す。
レジ横の目立つ場所にあったので探し物が下手な私でもブランドブースを比較的早く見つける事が出来たのだが、肝心の新色が見当たらない。

「すみません、このブランドの新作のリップは......」

「申し訳ありません。ご用意がありません。」

もしも私の人生が漫画なら、間違いなく頭上にガーンと表示されているはずだ。

驚きと悲しみが混ざった感情をガーンと表現した人は偉い。驚きと落胆をオノマトペにすると、ガーンとしか言いようがない。

「元々入荷してなかったんですか?」

「いえ、今朝開店と同時に即完売しまして......」

えぇ。とマヌケな声を出した後、定型文的お礼を告げ店を出る。

丸の内に朝一でリップを買いに行くだけの余裕がある人が結構いるのだ。
みんな案外暇だな。と思いながらスープランチを食べる。

友人が手に入らなかったと言って更に暴れる姿を想像して少しだけ苦笑いし、仕事に戻る。


夜、幸せの事を考えながら入浴をする。
「終わりの見える幸せは幸福と呼べるかしら?」
浴室に少し響くだけで返答はない。
終わりがあるから人生は美しいと誰かが言っていた。しかし、幸せはあまりに儚い。 

私は永遠性を持つことを恐ろしいと感じる人間だが、唯一「あなたの事が好きな私の事をあなたも好き」という幸福だけは、永久に続きますようにと祈らないではいられない。

しかし愛はナマモノであり、その変化を止める事は出来ない。愛を切り取り閉じ込める事は不可能ではないが、それは離別を伴う悲しい儀式が必要になる。 


風呂からあがり髪を櫛でとかす。昔に比べて少し髪の量が落ち着いた気がする。手触りや艶も変わった。今昔、どちらが良い悪いということではない。ただそこに変化の跡があるというだけの話だ。

たとえ変化したとしても、私は私、愛は愛のままでいてほしいと考えながらドライマンゴーを食べる。


明日は、今日と似て非なる一日になるのだろう。
それは幸福か不幸かを考えながら布団に入ると、トロトロと意識が融けていき、たっぷりのぬるま湯の中で毛布に包まるような心地よさの中、少しずつ......眠りに......

なぁ、スタバって本当に居心地良いか?

はじめに言っておく。

私はスタバが大好きだ。フラペチーノが好きだ。ラテが好きだ。店員の笑顔が好きだ。


だが、あえて一つ皆に問いたい。




スタバ、店内微妙じゃない???




なんで?なんであんなスタッフの教育が行き届いてるのに?豆もこだわってるのに?店内はマジ微妙じゃない?テイクアウトを前提としてるの?店内はオマケなの?


という事で今回はスタバの店内がどう微妙でどうなって欲しいのかについて書いていきたい。



【問題⒈椅子の格差】


スタバに行った事のある人ならわかると思うがスタバの椅子、バラツキがありすぎ


一つの店内で、あらゆる椅子があるため座り心地の当たり外れが酷い。

ここでは黒田の独断と偏見と経験に基づいた椅子の紹介をしていく。




エントリーナンバー⒈ ソファー型の椅子

居心地の良さ★★★★


スタバ界でも群を抜いて座り心地の良いソファー。デザイン性も高く、肘掛けもついておりくつろげる事間違いなしの椅子である。時々寝てる人もいる。


しかし素晴らしいソファーであるにも関わらず、五つ星ではない。その理由は後述する。



エントリーナンバー⒉ バーみたいな椅子

居心地の良さ★★


微妙。微妙of微妙。黒田の様に身長に恵まれなかった人間はちょっと『えいっ』と勢いをつけて座らねばならない。また硬い材質で出来ている事が多くケツへ負荷がかかる。


この手の椅子は店の端や窓際に設置されているケースが殆どのため、夏は日が眩しく冬は寒い事が多い。



エントリーナンバー⒊ 学校にありそうな椅子

居心地の良さ★★★


『戦前の教室かな?』と勘違いしてしまいそうになる、デザイン性を殺された木製の椅子。


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座り心地は学校の椅子と見紛うだけあって普通。床に足が着くからか、ケツへの負担もそれほど酷くはない。


この椅子がスタバの店内の6〜7割を占めている。



エントリーナンバー⒋ 木こりの椅子

居心地の良さ★


『木こりが一服する時に座る椅子かな?』と思ったらここは都会のスタバでした......

でお馴染みの木製の背もたれの無い丸椅子。店長お前絶対適当に置いただろ!としか思えない。


椅子自体の背が低いためこの椅子に座るとあしたのジョーのラストシーンみたいな感じになる。


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エントリーナンバー5.ソファー席

居心地の良さ★★★


ソファー型の椅子ではなく、壁際のソファー席を指す。特筆してコメントする事はない。普通のソファー。

強いて言うなら仕切りが無い為隣の人の荷物が侵食してきたりするが、まぁそれは椅子の落ち度ではない。




ざっとこんなもんだろうか。これ以外にも店舗によって洒落臭い椅子は幾つかあるが、メインの椅子はこんなところである。


椅子の格差社会が激しいスタバ。世相を映しているのだとしたら天晴れである。




【問題2.机の種類】


スタバは罪作りなカフェで、椅子もバラバラなら机もバラバラなのである。

と、いうことで机も紹介していく。



エントリーナンバー⒈木こりの椅子みたいな机

居心地の良さ★


木こりの椅子かと思ったら机だったー!......でお馴染みのこの机。机?いや机としての機能はあまり果たせていない様に思う。


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マグカップ2つ置いたら「ハイッ!終わり」である。他のもの置く余地なし。MacBookですら立往生してしまう。


しかもこの机、タチの悪いことに何故か「ソファー型の椅子」や「ソファー席」とセットにされている事が多いのである。上記の「ソファー型の椅子」で星の減点があったのはこのためである。


その為せっかくフカフカの背もたれがあるにも関わらず、やっぱり矢吹ジョーの様に前のめりにしてコーヒーを飲んでいる人を私は何度も目にして来た。いやホンマ何がしたいねんスターバックス



エントリーナンバー⒉カウンター

居心地の良さ★


机、というかカウンターである。この机は「バーみたいな椅子」とセットになっている事が殆どである。


カウンター自体を否定する気はないが、問題は景色である。スタバでカウンターというと大体窓際なのだが、景色が微妙な事が多い。


特にメトロ内にあるスタバのカウンターとなると、もう薄暗い駅内を歩く人とバカデカイ石原さとみのポスターしか見るものがなかったりする。



エントリーナンバー⒊丸机

居心地の良さ★★★


特筆していう事のない、普通の机であり、まれに市松模様の物もある。大体において「学校にありそうな椅子」とセットにされている。


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しかし四角でなく丸であるが故に、机と椅子をくっ付けて4人席にしようとすると微妙な隙間が生まれてしまうのが欠点である。



エントリーナンバー⒋馬鹿でかい机

居心地の良さ★★

相席を前提とした机である。この机も大体において「学校にありそうな椅子」とセットにされている。


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私はこの机をApple社から提供された机なのではないかと睨んでいる。

「時計回りで、お前はiPhone、お前はMac、お前はiPhone、お前はMacBook、お前はなんだそれはMacBook Proか、んでその隣のお前は?MacBook Air......ほーん......」



いやここはApple Storeか!!!!!!!!



どうして「この馬鹿でかい机」で相席をする人々はApple製品ばかり持っているのだろう。特に丸の内、表参道、六本木辺りで顕著なのだがこれは何故なのだろう。教えて!偉い人!



エントリーナンバー5.ダイニングテーブル

居心地?????


「カフェのテーブルの話してるんだからダイニングじゃねーだろ」とお思いの皆さん。まずはこれをご覧ください。


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デカめのダイニングテーブルでしょ!これ!


白状すると私はこの机を利用した事がない。何故ならここでの相席は気まずいからだ。


隣との間隔は「馬鹿でかい机」よりも狭く顔をあげるとまあまあな近さに知らない誰かがいる。いや、ダメじゃないけどさ。普通に気まずいっす。


時々大学生らしき集団がこの机でディベートやプレゼンの準備をしている。確かに、そういう人々にとってはうってつけの机だろう。


だけど頼む、そういうのは大学でやってくれ。




【問題3.客】 


これは本当に難しくセンシティブな問題なのだが、アルファブロガーでもないしあえてハッキリ言ってしまおう。


「ここは自習室じゃねーんだよ!!!!!」

「仕事場でもねーんだよ!!!!!」

「カフェを楽しみたい人が来るべき場所なんだよ!!!!!」


......声を荒らげてしまって申し訳ない。


けれどスタバにいる客で、冷めきったコーヒーを邪魔そうにしながら勉強や何かしらの作業をしている人が長居をしているのを見ると、タイキックをキめたくなるのは私だけだろうか?


ルノアールの様に、ハッキリとビジネスの利用を意識した店ならいいが、スタバはコーヒー店でありカフェを楽しむ場所である。


フラペチーノを楽しみながらおしゃべりに興じるも良し。ラテを飲みながら団欒するも良し。PCを開いたって本を読んだっていい。


だがそこにはコーヒー(またはティーやその他の軽食)が存在感をもってあるべきなのだ。


場所代のためにしぶしぶコーヒーを買っている奴。気持ちはわかる。おそらく家だと捗らないダメ人間なのだろう。

しかしスタバを作業場とするのは、多目的トイレで乳繰り合うクソカップルと同レベルである事を忘れるなよ......


 



◇まとめ◇


真面目な話をするならば、椅子と机のバラツキが此処まで顕著なのは居心地のいい空間作りとして致命的欠点であると私は思う。


スタバ側としては、お客様のスタイルに合わせて椅子もセレクト出来る様に......などと考えてくれているのかもしれないが、正味な話スタバに行って椅子を選ぶ余裕があった試しがない。


ガラガラのスタバなど、全員出席の大学講義くらいありえない。


下手な例えが間に挟まってしまったが、何が言いたいのかというと、椅子にバラツキがあり、かつ店内が混んでいるという状況では席と顧客のミスマッチが多々起こるのである。


コーヒーをサッと飲んで帰りたい人がフカフカのソファー型の椅子に座り、PCでメールをチェックしたい人が木こりの椅子みたいな机でMacを開き、込み入った話をしたいカップルが木こりの椅子に座り、ゆっくりブレイクタイムを過ごしたい人がバーみたいな椅子に座り、学校帰りのJKやJDが丸机を一生懸命くっ付け話す......





くつろげるか!!!!!!




いや最後のJKJDはまだいいとして、その他の人がかわいそう過ぎるだろ!!!

居心地の良さでいったらOIOIエスカレーター脇に置かれたソファーの方が勝るかもしれない。


こうしたミスマッチが起こるのは、やはり回転率の悪さである。


コーヒーをゆっくり楽しみたい気持ちはわかるが、先ほども書いた様に、コーヒーそっちのけで他の作業に取り組んでいる人があまりにも多過ぎる気がする。


しかしそうした人々の気持ちはわからないでもない。凡人故に家だと捗らないのだ。


だからこそ、何かスタバらしいオシャレでユニークなルールを作るべきであると思う。


プレゼンで利用した人は、プレゼン後その内容をスタバで公開するだとか、勉強で利用し合格した受験生はその旨を店側に伝え、縁起のいい店だとSNSで拡散するだとか、


もう何でもいい。なんでもいいから、満席のスタバをジプシーの様にハシゴしたり、ようやくたどり着いたスタバの席でエヴァンゲリオン碇ゲンドウの様なポーズで友達と会話するのはもうこりごりなのだ。




◇最後に◇


「散々けなしたお前の理想の店内はどんなんなんだよ!」

と思われそうなのでここで発表する。


理想の店内は


マクドナルドである!!!!!!!


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画一化された席に、適度な賑やかさ。回転率もよく、謎のババアがハッピーセットを食べている隣で男子高校生がナゲットを食べながら遊戯王をするというカオスな世界観。気張らなくて良い価格帯に雰囲気、わかりやすいサイズ表記に慣れ親しんだ味。最高である。




まぁ、それでもスタバに行っちゃうんですけどね〜


1月10日の今日はスタバの新作

「ピンクメドレーティーラテ」の発売日!


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http://www.starbucks.co.jp/beverage/tea/4524785343979/?tag=new&utm_source=yahoo&utm_medium=carousel_20180110&utm_campaign=4524785343979


パンダの赤ちゃんみたいなピンク色の、名前からは味が検討つかないティーラテだが、すごく飲みたい!!!


誰か私と行ってやってください。


演劇で何を見る?観る?視る?覧る?

美しい、私の宝物の様な友達が、スポットライトに照らされながら物語を生きている姿を私は生涯忘れない。







私の友達に、演劇部に入っている子がいる。


その子は聡明で賢く、優しく、Loveの熱さも危うさも悲しみも喜びも知っている。豊かな心も持ち主だ。


だからその子が『劇に出るから是非来て欲しい』と誘ってくれた時は二つ返事で観に行くと言った。




今から3年前、大学3年生の6月である。

  



白状すると、私はその友達が(友達として)好きですきでたまらなかったから見に行ったのであり、当時は演劇に対する特別な興味は然程なかった。


共通の友達と連れ立って、ワイワイと席に着いたのを今でも覚えている。

確か季節柄、今年食べたいかき氷の話なんかをしていた。


開始のアナウンスが流れ、互いに唇に人差し指を押し合っていると幕が上がり、スポットライトが壇上を照らす。


その瞬間、友達は光の中にいた。そしてその友達は、私の知っている友達ではなかった。


彼女は魔女。心優しい魔女として、そこに立っていた。




演目は、人魚姫。




アンデルセンの人魚姫をアレンジした演劇だった。


物語は終始、少女としての葛藤に包まれており、私はそれを女子大生の彼女達にしか演じることが許されていない聖域に思え震えた。


私は何を視ただろう。


大好きな友達?友達だった魔女?他の演者?ストーリー?小道具?


全部?


わからない。

ただ、心の中にある、自覚のない、インクルージョンだらけの鉱石の様な感情がコロリと動いたのは確かである。


私にとって初めての、刺激的な体験だった。






その数ヶ月後の秋の終わり、また彼女が舞台で演じるというので私は絶対に行くと叫んだ。


嬉しくて走り出したい様な気持ち。

また友達が友達でなくなるところを覧られる。そして、あわよくば、女子大生しか演じられない“ソレ”を観たい。そんな気持ちが止まらなかった。


皆と都合が合わず、この演劇は一人で行った。


確か一人、席に着いて一つ小さな咳払いをして見る者としての軽い緊張を払った気がする。




演目は、女生徒。




太宰治の女生徒をモチーフにした劇。


私は終盤、涙が溢れて止まらなかった。

少女と女性の間の胡乱な時を生きる女子大生が、十代の少女が持つ不安定な怒りや哀しみ、強さと儚さのパラドクスを演じるその光景は、かつて私も正規品の少女として生きていた事を思い出させてくれた。


私は、何をミただろう。


昔の自分?今の自分?意地悪で自己中で、でも優しくて美しくて醜い、大人を厭がる女生徒達?




演劇後、女生徒の変身が解け友達に戻った彼女を抱きしめながらポツポツとまとまりに欠けた拙い感想を言った記憶がある。


そんな私に、笑顔を返す彼女はやはり美しかった。






月日が経ち、私はOLになり、大人の汚い洗礼に心を殺され、不幸な不労所得者としてそれなりに楽しく生きている。


そして友達は演劇を続けている。


彼女は大学4年時に当たる期間に留学に行っていた為、まだ大学生なのだ。


個人的に、こんな嬉しい事はない。


女子大生。ブランド化やラベリングなどをされがちだが、そんな簡単な形式では収まりきらないほど、多感で繊細で愚かで美しい生き物である。




そんな女子大生として生きる友達が、また演劇に誘ってくれた。




今度は何をみせてくれるのだろう。

私はそこで、何をみるのだろう。




あなたもみてみたらどうか?




大事な美しい友達。

本当なら大切に宝飾品と一緒にボックスに閉じ込めてサテンのリボンで飾り付けたい。


そんな彼女を女子大という結界の中で特別にみられるまたと無いチャンスだ。


見るも観るも視る覧るもあなた次第。





私?私はもちろんみにいく。


友達と、友達の演じる誰かを診る私を看に行く。

韓国でコルギを受けた話

唐突だが、みんなは韓国に行ったことはあるだろうか?


私はある。卒業旅行と題し韓国へ地元の友人と行った時の話だ。




f:id:nanami12392985:20180107011126p:plain友人1  M

葛飾区在住の心優しいキチ◯イ。特に韓国が好きとかではなく、私と友人2Aが好きなためついてきた奴。悟りを開いていて基本欲が無く旅行中も「なんでもいい」としか言わない。


f:id:nanami12392985:20180107011403p:plain友人2  A

生粋の足立区民。常識的なキ◯ガイ。韓国が好きと言うよりも美容と思い出作りのために今回の旅行を企画した。


f:id:nanami12392985:20180107011645p:plain私 黒田なな

荒川越えたらスラム街でお馴染みの足立区に住む文化人。

“キチガ◯と海外旅行に行くとどうなるのか”という知的好奇心と“パスポートの余白を埋めたい”という理由でこの旅行に参加した。




突然の人物紹介に驚かせてしまったらすまない。

今後も私のブログに時々登場するであろう友人の為、クソみたいな画力ながら似顔絵付きで分かりやすく紹介させてもらった。


若干自画像が盛れているのは筆舌尽くしがたい様々な葛藤が原因なので気にしないで欲しい。


あと友人Mは本当にこういうヤル気のない顔をしている。決して適当に描いた訳ではない。




兎にも角にもこのメンバーで韓国に行き、楽しい時間を過ごしたのだが、唯一許すことの出来ない出来事があった。




コルギである




【コルギとは?】

コルギ(骨気)とは、美容大国韓国で生まれた民間療法。 通常のマッサージと異なり、骨を圧を加えて皮膚と骨の間にある血管やリンパ管を刺激して血流をアップさせる施術の事である。




スラム街で暮していても一応華の女子大生。美容への興味は尽きない。


「なんだかよくわからんがすごそうだからやろうぜ!せっかくだし!」


という非常に軽いノリで我々はコルギに挑んだのだ。




それが間違いとも知らずに。




コルギの予約を取った後、我々は施術までの時間にお粥を食べに行った。



韓国のお粥は、美味しい。マジ美味い。



私はアワビ粥を注文したのだが、優しく温かく海の旨味が広がるその旨さにひたすら感動した。

甘みと磯の香り引き立つまろやかな美味しさに、私は疎開先で久々に米を口にした戦中の子供の様にひたすら粥を貪り食った。


友人MとAは真顔で淡々と食べていたので

「美味しくないの??」

と聞いたところ

「え?美味しいよ??」

と“何聞いてるの?”顔で返された。

 


 

美味いなら旨そうな顔して食えや。




そんなこんなで素敵なお粥を満喫しお会計をしていた際、日本語が上手な店長さんが気さくに話しかけてきてくれた。


「コのアト、ドコいくノー?」


この何気ない質問に、

「コルギいくんですよ〜」

と答えたところ、優しい表情だった店長さんの顔が見る見る険しいものになった。


『私が無知なだけで“コルギ党”とかいう過激派が韓国をガツガツ荒らしてるとかあったっけ???うっかり政治的な地雷を踏み抜いた???』


と私がアワアワしていると、店長さんが一言。


「コルギ、それは恐ろしい身技。」


と信じられないくらい流暢な日本語で語り出した。


なんでもコルギは物凄く痛いらしく、観光客が泣いたり痣が出来たりして韓国でも問題になっているらしい。


「韓国人は絶対にコルギやらない。行かない方が良いよ、マジ。」


と流暢に、語尾に“マジ”まで付けてギャルの様に諭してきた店長さんの気迫に私は固まってしまったのだが、後ろで聞いてた友人Mが


「おもしろそーじゃん?」


と言い放った。


『なんだコイツ、逆境に強気とかジャンプの主人公かよ。』

と思いつつも、私も逆に気になってしまい、ビジネスカタコトをやめてまで忠告してくれた店長さんには些か申し訳ないがコルギを中止しない事が決定した。




我々が向かったコルギ屋さんは日本語にも対応しているとても雰囲気の良いお店で、待合室の椅子で猫が昼寝をしているというなんとも和やかな場所であった。


すっかり気を緩めた私は『店長さんが言ってたのは悪徳コルギ屋の事で、ここは大丈夫だろう』と安心し、意気揚々とコルギのコースを決めていった。




コルギは、安くない。




フルコースを頼んだらなんだかんだで1万円位になってしまったが、顔が小さくなるなら安いもんである。


エラを1ミリでも細くしたい私はなんの迷いもなく一万円分のウォンを出し、フィッティングルームでウンコ色の施術着に着替えてスタンバイをした。




仰向けになって寝ていると

「準備ダイジョウブカー?」

とタメ語が聞こえて来た。


こちらが答えるよりも早くカーテンが開くと、そこには温厚そうな顔のおばあちゃんに“グラッパ刃牙”の腕が付いた生き物が立っていた。


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?????



仰向けのまま、横目でよく見てみると、おばあちゃんの腕がムッキムキなのである。


肘から下は普通の腕なのだが、二の腕が信じられないほど鍛えられていた。


何かアカン系のプロテインを主食にしてるとしか思えない様な、筋と血管が浮いた二の腕はおばあちゃんの顔立ちとのミスマッチ加減が尋常ではなく、比喩ではなく本当に目がチカチカした。


『えっ?えっ?』と動揺してる間も無くマッサージオイルを塗られそれは突然はじまった。




コルギである。




いや、コルギ屋さんにきてコルギを頼んだのだから、コルギが始まるのは至極当然な流れである。

しかし文章では表しきれない程の“コルギ”としか形容出来ない、驚きに似た激痛が私に襲いかかってきたのだ。


刃牙の腕を持つババアに顔を蹂躙され、凄まじい痛みと、ぶつけようのない謎の怒りに私は涙が止まらなくなってしまった。


「泣かナイデー」


と言う刃牙ババアの腕は止まらない。


私は出産の経験はないが、もう顔から子供が生まれてくんじゃねーかと思う程痛い。クソ痛い。


『ヒッヒッフー』でお馴染みのラマーズ法で痛みを逃がそうとするも、刃牙ババアの手が私の頬を躊躇なく揉みしだき押し潰してくる為、息すらもままならい。


美しくなるためのコルギでどうしてこんな顔にならねばならないのか。


胸元の台に置かれた鏡にチラッと映る自分が不憫で更に泣けてくる。

痛みのあまり無意識に身体が揺れるのだが、それを刃牙ババアが二の腕でガッチリホールドしてくるので、私の上半身は、着信が来たガラケーのようにバイブレーションしていた。


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黒田なな22歳、意地もプライドも捨て、ひたすらエグエグと泣く他なかった。


少しでも痛みを紛らわそうと目線を天井に移すと、妙に豪華なシャンデリアが飾ってあり、そこに吊るされたクリスタルには沢山の自分の顔が反射されていた。


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美しいクリスタルの粒に写る沢山の凄まじい表情の私がキラキラと輝くその光景は、江戸川乱歩もびっくりの狂気の世界であった。


もう時間が経つのをひたすら待つことしか出来ない。アウシュビッツで人体実験をされたユダヤ人もこんな気持ちだったに違いない。


遠い異国の異人相手に勝手にシンパシーを感じ始め、人として感性がヤバくなってきたあたりでようやくコルギから解放された。


「おワタよー!ほら!スッキリ!」


そう言って手渡された鏡には

“生理時にバタ子がイラつきながら作ったアンパンマンの様な顔”

が写っていた。


無駄に敏感な肌は赤く腫れ、元々あったアゴのニキビは、刃牙ババアが万力の様な力で押し込んできた刺激のせいでチョコベビー大に膨らんでしまっていた。




かわいそうなブスの完成である。






そのあとの事はあまりよく覚えていない。


一万円払って激痛に耐えブスになったという事実に猛烈に腹が立ち、泣きながら待合室の猫を撫でた記憶しかない。


友人Mも似た様な目にあったらしく、二人で死んでいたのだが、友人Aは『痛きもちい』と言いながら帰ってきた。


友人Aの顔が歪んでなかったのか、それともどマゾなのか、クソ程鈍感なのかは定かではないが、友人Aはご機嫌でルンルンであった。何よりである。




この経験から、人の忠告は聞くべきだという当たり前の事と、友人Mの「おもしろそーじゃん?」は全く面白くないという事を学んだのだった。